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時空を超えた伝言ゲーム──『ハリー・オーガスト、15回目の人生』

ハリー・オーガスト、15回目の人生 (角川文庫)

ハリー・オーガスト、15回目の人生 (角川文庫)

「15回目の人生」という書名から推察されるように、本書はハリー・オーガストが死んだ直後に同じ生をやり直す、いわゆる「ループ」を扱ったSF小説である。

ループ物は小説、ゲーム、映画とあらゆる媒体で繰り返されてきた題材だけに*1新しいものを書くのもこっちが楽しむも大変だなあと思っていたが、本書で展開されるアイディアは新しい、というか驚かされた。既存のアイディアの組み合わせ、あるいはそこから考えられる当然の帰結を描いているともいえるのだが、広がっていく風景としてはまったくの別物なのだ。これは確かにSFとしておもしろい。

著者はベテランとはいえ長年ヤングアダルト向けファンタジィ小説を書いてきた作家であり、本書は当初筆名を変えて刊行したぐらいには作風が異なっているが、アーサー・C・クラーク賞にノミネートされるなどちゃんとSF筋での評価も高い作品だ。

簡単なあらすじ

主人公となるのは1919年生まれのハリー・オーガストである。どのようにループするのかは作品の独自性が現れるところだが(何歳に戻るのか、とか戻れないことはあるのかなど)、本作では死ぬと確実に生まれたばかりの幼児へと戻る。幼少時は記憶は完全に戻るわけではないが、数年の時間を経ることで記憶も復元されていく。

オーガストは2回目の人生こそループしたことに驚き、精神錯乱に陥って自殺を試みたり、という「ありがち」な事を順当に処理していくわけであるが、次第に自分の人生を受け入れ、さらに「自分と同じようにループを経験している人たちの秘密組織」、通称クロノス・クラブと接触することに成功する。

ループ物としての読みどころ

こうした同じくループしている者たちの存在や組織自体はループ物として珍しくはないが、おもしろいのはその活用方法だ。

たとえばオーガストは1919年に生まれ、60〜80歳ぐらいまで生きた後病で死ぬ。しかし一方には、1970年に生まれるループ者(作中ではカーラチャクラと呼ばれる)もいるわけである。つまり、1970年に生まれ2050年まで生きるカーラチャクラは2050年の知識をオーガストに伝達できるし、オーガストはその知識をもっと古い時代へと伝達できる──という形で「時空を超えた伝言ゲーム」が可能なのだ。

それぞれの世代が同類を探し、メンバーのひとりひとりがこの世にふたたび生を受けてから死ぬその日までクラブの存在を伝えた結果、生死のサイクルが数回繰り返されるころには組織は時空を超え、中世から先は二十一世紀までつながった。

このクラブはニューヨークに核を撃ったり──といった世界に変動を与えるようなことは目指さない比較的穏当な組織ではあるが、一方で変えられる力があるのだから、変えるべきなのだと世界を加速させようと考える人もいる。ループを続ければ事実上時間は無限にあるし、知識が未来から送られてくるのだから、世界を加速させることは困難ではあるものの実行は不可能ではない。オーガストはループを繰り返し、そうした各種思想を持ったカーラチャクラ達が跋扈する世界に叩きこまれていく。

無数の作品があるので一概にはいえないのだが、基本ループ物は50年なり100年なりの「ループしている時間軸」で閉じてしまっている。本作でもカーラチャクラ達は必ず訪れる自分の寿命が期限であって、時代にとらわれた存在だ。しかしこの設定だと、過去と未来に存在する味方と協力することによって、時代にとらわれながらも数百年に渡る時空を超えた争いを描くことができるのが本当におもしろい。

何しろ冒頭からして、11回目の人生を病気で終えようとしているオーガストが、数千年の時を超えたメッセージを受け取る場面からはじまるのだ。

「世界が終わるわ」と、彼女は言った。「このメッセージは数千年の時を超え、未来の子供から大人へ、子供から大人へと伝えられてきたもの。世界の終わりが近づいているのに、私たちにはそれをとめる術がありません。あとはあなたがた次第よ」

僕は少年の心を失っていないからか「世界が終わるわ」とか言われると「こいつは盛り上がってきたな!」と大興奮してきてしまうわけだが、物語は冒頭からこんな感じなので、最終的には人類の命運を賭けるレベルの規模へと発展していく。

おわりに

「もしあの時こうなっていたら」を描くことでやり直し願望を充足させたり、少しの変動で歴史が大きく変わってしまうダイナミズムを体験できるのがループ物の強みだが、本書は複数の時代にカーラチャクラ達を配置することで、それをより大規模に、数百年、数千年の規模で体験させてくれる。知識の伝達によって時代の風景が本来の形から大きく変わっていくと改変世界物としてのおもしろさも出てくるし、ループ好きにとって外せない作品のはもちろん、それ以外にも引き出しの多い一作だ。

*1:最近だと『僕だけがいない街』など