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宇宙だろうと深海だろうと核融合炉内だろうと取り立てる。──『スペース金融道』

スペース金融道

スペース金融道

本書は短篇アンソロジー〈NOVA〉シリーズに時折寄稿されていたSF短篇シリーズをまとめ、書きおろし一篇を加えた連作短篇集となる。最初の短篇「スペース金融道」がNOVAに載った時はまだ著者初の単著である『盤上の夜』も出ておらず、「おもしろい! 日本にもこんなものを書く人がいるんだなあ!」と驚いたものだ。

スペース金融道とは何か

「スペース金融道」という書名からも推察できるように、人類の生活圏が宇宙のいたるところにまで拡大した時に起こる金融的な問題を主軸にして展開していく、SF金融"コメディ"である。語り手の「ぼく」は広く宇宙に広がっている新星金融に勤務し、暴虐無人な上司兼相方である・ユーセフと共に日々取り立てにいそしんでいる。

このユーセフがけっこうなクセ者で、金を取り立てるためなら犯罪行為もいとわず突き進み、決め台詞は『馬鹿を言え。宇宙だろうと深海だろうと、核融合炉内だろうと零下一九〇度の惑星だろうと取り立てる。それがうちのモットーだ』という「おまえは両義式かよ」*1みたいな男である。「ぼく」は当然のようにしてこの男にあれをやれこれをやれと損な役割を任され続け、宇宙を駆けずり回って異種知性体、アンドロイド、わけのわからん無意識みたいなやつとあらゆる相手から金を取り立てていく。

宇宙×金融

そもそも宇宙に広がった人類文明での金融、経済というのは書きづらいジャンルである。3光年も離れていると情報をやりとりするだけで3年以上かかってしまうからまともな取引も意思疎通もできないし、超光速通信を導入したら普通の経済とそう変わらなくなってしまって面白みはない。本書はコメディ調とはいえど困難な前者を描こうと果敢に挑んでいて、最初読んだ時そこが新しくおもしろいなと思ったのだ。

たとえば「ぼく」が勤務する新星金融は本社と支社同士がそれぞれ何光年も離れているがゆえにこんな描写が無数にある。

 ぼくらは死者と競争している。
 恒星系をまたいだグループ企業では、便宜上、よその星の数百年前の出来事を現在形で語ることが多い。いわく──L8系支社の新人はもう回収率八割をあげている。おまえも頑張れ。ところで、その新人はいまどこで何をしているのか。とうの昔に死んでいるのだ。ぼくが生まれるよりも前から。

このへんとか、実際にはバカバカしいのだが情報が光速を超えられないんだからそうなってもおかしくはないかなとどこか納得してしまうおもしろさがある。

一方で『米が豊作である宇宙と、米が不作である宇宙の両方にとうするする。こうすれば、精度の高いリスクヘッジが可能になる。これが、多宇宙ポートフォリオという分野の基本的な考えかただ』というように既存の経済理論を宇宙規模へと移し替えて説得力を高めている部分もあれば*2『価格の変動が限りなく光速に近づいたとき、量子金融工学はアインシュタインの相対性理論の影響を受ける』とかいう魅力的なバカ話もあり──と金融に関する法螺話の振れ幅が広いのも魅力である。

仮想世界、アンドロイドなど題材の広さ/おもしろさ

金融、取り立てが話の軸なのはたしかだが、事件にかかわってくるのはそれだけではない。仮想世界で働かせている人工生命への取り立てを描いた「スペース地獄篇」では、この社会における人工生命への労働報酬/仮想世界と現実間の関税はどうなっているのかが述べられていくし、「スペース金融道」をはじめとする複数の短篇では、人間の知性を超えることはないように「新三原則」で制限を加えられたアンドロイドたちと、そのルールの裏をかく取り立て逃れがまるでミステリのように描かれる。

論文汚染、アンドロイドと人間の命がけのポーカー勝負、新通貨の発行など様々なアイディアを並行させながら最後で見事にまとめあげる「スペース蜃気楼」、長寿化のため置き換えられた体内のナノマシン群ネットワークが独立した意識を持って(聞こえますか……聞こえますか……)と「ぼく」をコントロールし、ついにぼく自身が多額の借金をおってしまう「スペース珊瑚礁」は、ユーセフの過去が明かされたりSFならではの架空の金融理論の説得力もありとNOVA版としては一番好きな作品だ。

一作ごとに技巧的になっていくのも著者のデビュー初期からの短篇を集めた本書の醍醐味といえるだろう。書き下ろし作「スペース決算期」ではアンドロイド関連の設定のひとつである、「人間の持つ無数の日記や会話といった記録をひとつの共通の無意識として、アンドロイドの知性の深層に据え置いた」、通称クラウドの設定を掘り下げていき、ラストはSF金融コメディという枠を遥かに超えてアンドロイドと意識をめぐるSFとしても愉快な風景にまでたどり着いてみせる。

おわりに

読み終えてみれば、『盤上の夜』を彷彿とさせるようなギャンブル描写あり、無意識など人間/アンドロイドの精神領域についての話は『エクソダス症候群』 を思い起こさせるし──と作家・宮内悠介の多様な作風/側面を描き出している短篇集だったなと思う。コメディ調だから豊かな展開が許容されるということもあるのだろう。

架空の金融理論、新三原則、アンドロイド間に存在するダークウェブなどなど一冊で終わらせるにはもったいないアイディアが大量につめ込まれており、空白地帯はまだ残っているだろうし、願わくばまたこの続きが読んでみたいものだ。なかなかにおもしろい短篇集なので、本書から宮内悠介作品を読んでみてもいいだろう。

*1:生きているのなら、神様だって殺してみせる by 両義式

*2:これもギャグといってもいいが