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類例のない銀行強盗事件──『熊と踊れ』

熊と踊れ(上)(ハヤカワ・ミステリ文庫)

熊と踊れ(上)(ハヤカワ・ミステリ文庫)

  • 作者: アンデシュ・ルースルンド,ステファン・トゥンベリ,ヘレンハルメ美穂,羽根由
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2016/09/08
  • メディア: 文庫
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熊と踊れ(下)(ハヤカワ・ミステリ文庫)

熊と踊れ(下)(ハヤカワ・ミステリ文庫)

  • 作者: アンデシュ・ルースルンド,ステファン・トゥンベリ,ヘレンハルメ美穂,羽根由
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2016/09/08
  • メディア: 文庫
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ハヤカワ・ミステリ文庫40周年記念作品だというが、たしかにそれにみあうだけのことはある、抜群におもしろい「家族」と「暴力」についての犯罪小説だ。

簡単なあらすじ

ある日、レオ、フェリックス、ヴィンセントの三人兄弟に幼馴染のヤスペルを加えた四人組は、綿密な計画のすえ軍の武器庫から大量の武器弾薬を強奪してみせる。しかも武器庫を外からみただけでは強奪された痕跡はわからず、点検係が内部を検めるのは半年に一度。たとえ彼らがその銃で戦争を始めても、少なくとも半年近くの期間は銃の出処を誰にもつかむことができない完璧なタイミングであった。

 こんなに簡単なことなのか。
 三人の兄弟に、幼なじみがひとり。みな二十歳前後、大学にも行っていない若造だ。そんな四人が、スウェーデン史上──いや、スカンジナビア史上、西ヨーロッパ史上か──最大の武器略奪作戦を成功させてやろう、と決心した。そして、実際にやってのけた。
 建設工事に関するごく一般的な知識と、相当量のプラスチック爆薬、そして、信頼関係のしくみを熟知している"兄貴"の力で。

読んでいて度肝を抜かれたのは、この「武器略奪作戦」の内実を異常に細かい部分まで描写していくところである。たとえば、プラスチック爆薬、m/46。ペンスリットを86%、鉱物油を14%と爆薬の配分まで記載され、それをその場でこねて12個つくり、誘導線は何メートルで……とまるで本物の事業者の爆破計画書を読み上げるかのように事細かく状況を描写していくので、ありありと状況が目に浮かんでくる。

当然ながら武器を強奪して、そこで終わりではない。彼らはその武器を使って最初に現金輸送車を襲い、さらにその資金を元手にしてあらたな装備を手に入れ、次の銀行強盗を実行し、さらに多くの、より大胆な銀行強盗を起こして──と、まるで会社を経営するかのように暴力をふるい、大金を強奪し続けてみせる。

家族と暴力

優れた悪役(主人公)には優れた敵役が必須だが、本作では執念で捜査を続けるブロンクス警部がそれにあたる。兄弟たちは父親に過剰な暴力を振るわれ続けたことで暴力へと取り憑かれ、ためらいなく暴力を行使する術を学んだのだが、対するブロンクス警部はもまた家族によって「過剰な暴力」を味あわされてきた男だ。

"絶対にまた事件を起こします。で、今回以上に暴力をふるう"。そういう暴力に囲まれて生きてきたわけではない人間に、どうやって説明したらいい? "そのあとも犯行を繰り返して、そのたびに暴力的になっていくんだ"。背後の壁に輝かしい経歴を掲げて、そこにゆったり身体をあずけられる人間に、目の前の机に私生活を並べて、それを楽しみに思っている人間に、どうやって説明したらいい?

兄弟たちとブロンクス警部はいわば「暴力」を中心として繋がった存在であり、警部は相手に乗り移ったかのように兄弟たちを分析してみせる。この辺の、追うものと追われるもののヒリヒリする関係性や、相手を思うあまりに深く同調してしまう精神性は、題材もあいまって傑作クライム映画の『ヒート』を思い起こさせるものだ。

暴力には魔力がある。過剰に行使すれば、どんな相手でも思いのままだ。やられたらやり返す。言うことを聞かせたかったらぶん殴る。いったんその魅力に取りつかれてしまうと、世の中のすべての問題を暴力で解決できるような気がしてきてしまう。ブロンクスは『人は、暴力を憎むようになるか、あるいは繰り返すようになるか、ふたつにひとつだ。』というが、果たして兄弟たちは暴力に飲み込まれて繰り返すようになるのか、はたまた踏みとどまって憎むようになるのか?

奇想の銀行強盗

そうした暴力にとらわれていく家族と警部の物語も良いが、奇想で繰り広げられる銀行強盗(他強盗も含む)の数々も良い! ある銀行強盗事件では、兄弟たちが強盗を実行した後乗り込んだ車から一向に降りてくる気配がなく、特殊部隊がせーので突入してみたらすでに誰も居なくなっている。ある事件では、ストックホルム中央駅にて爆弾を仕掛けることで陽動とし、前代未聞の三ヶ所銀行強盗を実行してみせる。

ブロンクス警部はそうした奇想──というか、遊び心のある犯罪計画をみて『映像の男は大人の世界で、子どもにしか思いつかないような解決策を試している。それがこいつの成功の秘訣だ』と解き明かしているが、実際に20前後の若者たちのチームなので正解なのだ。大人のように冷静に、ただし手段は子どものように軽やかに。

実話を元にしたフィクション

驚いたのはこれが「実話」を元にしたフィクションだということ。とはいえ、そのように謳いながらも、ウソで塗り尽くした話も多いので、「さすがにこんな凄い事件だとモチーフレベルでしょ? 下手したら兄弟ってのもフィクションでしょ?」と思っていたのだが、兄弟というのも事実、年齢もほぼ事実、作中で一番大きな事件/作戦もまた実在するものだと訳者あとがきで知って度肝を抜かれてしまった。

そのうえ、本書はスウェーデンの作家として名高いアンデシュ・ルースルンドと、共著者としてステファン・トゥンベリという、「実際に犯罪を起こしていた一味の、実の兄弟」が名を連ねているのだ。「そんな形での共著ってあるんだ!?」とこれにも心底驚いてしまった。本書に存在する、事件の手順から心情描写に至るまでの、異常なまでの現実感というか生々しさはそのおかげだったのかもしれない。

おわりに

実話を元にしたフィクションとはいえ、本書はこれが事実であるか否かに関わらず純粋にフィクションとして完成度が高い。上下巻合わせて1100ページを超えているけれども、前半は次々と実行されていく銀行強盗、またそれに習熟していく兄弟たちの姿に心奪われ、後半は暴力に囚われた兄弟たちがとるそれぞれの道にドキドキし、と上下巻を一気に読みきってしまうはずだ。