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きっちりと素粒子/量子物理学を理解したい人へ──『量子物理学の発見 ヒッグス粒子の先までの物語』

量子物理学の発見 ヒッグス粒子の先までの物語

量子物理学の発見 ヒッグス粒子の先までの物語

  • 作者: レオンレーダーマン,クリストファーヒル,Leon M. Lederman,Christopher T. Hill,青木薫
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2016/09/23
  • メディア: 単行本
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量子物理学は「なにがなんだかよーわからん」の筆頭ともいえる分野だと思う。そのくせ近年の物理学上の進展はこの分野の知識を前提としているところもあり、大型ハドロン衝突型加速器(通称LHC)とか、やたらと金がかかっていて壮大な実験施設とかなんのためにあるねん、と困惑しながらも理解したがっている人も多いだろう。

本書は「質量はどこから生じたのだろうか? そもそも、なぜ質量が生じるのだろう?」という単純な問いかけを中心とし、一手一手どうやってこの分野が「発見」されてきたのかを、素粒子物理学の発展と共に実にわかりやすく解説してくれる。原題は『Beyond the God Particle 』で邦題とは異なるが、素粒子のふるまいを追うと必然的に量子物理学の領域と重なるので間違ってはいない。少なくとも僕が読んでいた中ではもっともしっかりと説明していて、その上でわかりやすい一冊である。

とはいえ、本書はこの辺はちょっとややこしいところだから……と安易にたとえ話に終止して説明が終わったり、あるいは単純化をして済ませたりしないだけに、読んでいくうちに「難解さ」を感じるかもしれない。しかし、それは本書がしっかりと説明を進めている証拠でもある。その上、この分野の大家にして実験家である著者(の一人)レオン・レーダーマンの解説だから、内容も保証されているようなものだ。

本書ではまずLHCのような衝突型の大型加速器が、何を目的とした装置なのかを動作原理から解説し、いわゆる巨額の金を必要とする「ビッグサイエンス」を身近なものとしてその必要性を訴えかけてみせる。単純化して説明してみれば、LHCとは小さなものをみるための巨大な顕微鏡であり、原子よりもはるかに小さな粒子たちをみるためにはビーム粒子に大きなエネルギーを与え、衝突させなければいけない──そのためにLHCのような巨大な(全周約27Km)装置が必要になるのである。

この辺、長年実験家として活動してきたレーダーマンの、理論家への恨み節も混じっていておもしろい。理論家たちはLHCなどの施設が、ひも理論の検証のためだとか一般的には理解され難いテーマを「施設の目的」として語り混乱させるが、「そういうことではないのだ!」と。ようは巨大な顕微鏡であり、極小の世界で何が起こっているのかを検証する、ただそれだけのシンプルな目的のための物なのである。

質量ってなんなんだ?

というところから本書の素粒子をめぐる説明ははじまる。そこで最初に取り上げた「質量とは何か? そもそもどこから生じるのだろうか?」という問いかけが出てくるわけだが、これは最初、そんなに難しいようには思えない。アリの質量と比べればゾウの質量は大きいのは疑いがない。質量がどこから出てきたのかってそりゃ「物質の存在自体」からで、つまり質量とは単に「物質がどれだけあるのか」にすぎない。

しかしその物質とは原子で出来ており原子の中心部には原子核があり原子核は陽子と中性子から出来ている。これらの粒子は、陽子と中性子がパイ粒子を交換することによって生じる強い力によって結び付けられており、これら3つの内部にはさらにクォークと呼ばれる粒子がいくつか入っていてこれらはグルーオンと呼ばれる粒子によって結び付けられている。とまあ「わけがわからんくなってきた」という感じだろうが、マトリョーシカ人形のごとく次々と小さい粒子が出てくるわけである。

実を言えば、「質量とは物質がどれだけあるのかにすぎない」という直感的な真実は素粒子物理学の領域では否定されてしまうわけであるが、それはなぜかといえば『この領域には、質量を持たない粒子が存在する』からである。質量を持たぬ粒子が存在するのであれば物質がどれだけあるのかという質量の定義は成り立たない。それは確実にあって、エネルギーも持っているから、物質量と質量の単純な関係性が崩れるのだ。ここで出てくるのが副題にも入っている「ヒッグス粒子」である。

質量を持たない粒子の話

本書では宇宙線の中に観測される「ミュー粒子」の話題を導入として、素粒子の世界で「質量」が持つ特異な意味を、小粋なたとえ話を繰り出しながらテクニカルに説明していってくれる。素粒子と質量の摩訶不思議な関係をおっていくうちに、魔法のように状況を説明/解決してくれるヒッグス粒子があらわれるところなど上質な物語を読んでいるみたいだ。そこで、せめて素粒子が持つ質量とは何なのかという入り口あたりの説明はしようと思い四苦八苦していたのだが──前提が多く難しい!

めちゃくちゃに単純化してしまえば、質量を持たない「弱荷」を持つ左巻き粒子と「弱荷」を持たない右巻き粒子が次々と切り替わり、行き来する「振動」こそが質量の正体なのであり、その振動を可能にするための弱荷に満ちた交換場がヒッグス場であるということになる。これ以上説明して誤解を生むよりかは、ここで終えて本書を読んでもらったほうが良い……と言い訳をしながら、逃げさせてもらおう。僕も一読してすぐ理解できたわけではなかったが、説明を書くためにも読み直していたら、現象それ自体には理解がおよんだので、粘り強く読めば誰にでもわかるはずなのだ。

おわりに。ヒッグス粒子のその先へ

ヒッグス粒子やヒッグス場は「相互作用する粒子に質量を与えるもの」と簡単に説明されわかったような気になることが多いが(実際僕もふーんそうなんだぐらいで止まっていたし)、理論をきっちりと知ることで「その先」の疑問も抱くことができるようになる。たとえば、標準理論のヒッグス粒子はクォークやニュートリノがなぜ質量を持っているのかを教えてくれる。しかし、そもそもヒッグス粒子がなぜ質量を持つのか、なぜその質量が約126GeVなのかは現時点では説明がつかないのである。

素粒子世界における「質量」の持つ意味は解決されたかに見えたが、まだまだ掘るべき部分は残っている(次から次へと現れる)。要約されたたとえ話でわかった気になっていたら、なぜそれが「すごい」のかも本当の意味ではわからないし、何がまだまだわからないのか、新しい発見によって新たな疑問が湧いてくる興奮にも辿り着くことはできないだろう。本書はその辺、深くまで掘ってくれる。