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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

『銀河鉄道の夜』という「永久物語運動体」──『カムパネルラ』

「カムパネルラ」は、その名を聞けば誰もが宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』だ! と即答できるぐらいにはメジャーな作品とキャラクタではないだろうか。本書はそれを書名にしているぐらいだから、『銀河鉄道の夜』と密接に関連した一冊になる。

最初こそ「なぜ銀河鉄道の夜なんだろう?」と疑問が浮かんでくるけれども、第4次まで改稿が施され続け、著者死亡により未定稿のまま絶筆となった『銀河鉄道の夜』という完成の一点をめざして運動し続ける「永久物語運動体」だからこそ成し得た、「物語の改変合戦」ともいえるようなメタSFの領域に踏み込んでいくとその疑問も氷解していく。SF作品として上質であると同時に、死ぬまで形成途上だった宮沢賢治の思想に対しての一冊かけた評ともいえる、一筋縄ではいかない作品だ。

物語にはガッツリ『銀河鉄道の夜』が関わってくるが、だからといって「え、銀河鉄道読み直してからじゃないと読めない」というわけではまったくない。丁寧に最初のページに宮沢賢治の経歴と、初稿から第4次改稿まで大きく手を入れられ最終的には著者の死によって未定稿のまま絶筆となったこと、あらすじ、時には本文を引用しながら物語の展開上知っておいた方がいい情報は説明されていくので安心だ。

簡単なあらすじ

物語は、16歳のぼくが熱心な『銀河鉄道の夜』ファンだった亡き母のために、宮沢賢治ゆかりの豊沢川に散骨に向かう場面から幕を開ける。あろうことか目的地付近までついた際に骨壷を新幹線に置き忘れたことに気がつき、後悔しながらも戻ろうと走り出すと、彼は宮沢賢治の亡くなる前前日へとタイムスリップしてしまう。

宮沢賢治は急性肺炎をこじらせて療養中、訪ねてきた一人の男と長話をした直後に病状が急激に悪化し逝去している。だから、ぼくはその男との接触を妨害すれば宮沢賢治の命を救うことができるのではないかと画策をはじめるが、事態はどんどん混沌としていく。たとえば道行く人々には「おまえはジョバンニじゃねーか」と言われる。電車の上に何者かの首が載っており、ジョバンニのぼくが第一の容疑者として連行され、本来なら生きているはずの宮沢賢治が何年も前にとっくに死んでいる──。

何もかもが現実の歴史と異なっている上に、彼がタイムリープした世界にはなぜかジョバンニやカムパネルラが時折現れる、フィクションと現実が渾然一体化した世界であることが明かされていくのだ。単純なタイムリープ+宮沢賢治が生きていたらどうなっていただろうかというシュミレーション物になるのかな? という素朴な予想は早々に裏切られ、「ミステリなのかSFなのかメタフィクションなのか? これは一体全体どうやってオチをつけるんだ?」とジャンルさえもわからなくなっていく。

フィクションだからこその『銀河鉄道の夜』論。

後半に至るまでこうした幻惑的な展開が続くが、その後は見事にこの物語のモチーフが『銀河鉄道の夜』でなければダメな理由まで含めてすべてをまとめあげてみせるのが圧倒的に凄い。読み返してみると布石は冒頭からきちんと打ってあるのだよなあ。

たとえばタイムリープ以前からぼくが暮らすこの世界の歴史は我々の知る物とは異なっていることがわかる。メディア管理庁と呼ばれる組織が、「国内の名作と呼ばれる小説を国家体制に都合のいい「解釈」に誘導しつつある」こと。『銀河鉄道の夜』は3次改稿版が最終稿とされており、第4次版はなかったことになっていること。メディ管は宮沢賢治を体制に馴致する青少年の育成のため推奨していることなどなど。

3次改稿版と4次改稿版の違いは重要で、本書からその部分をひけば『それというのも、『銀河鉄道の夜』第三次稿が、自己犠牲の精神を高らかに謳っているのに比して、第四次稿はむしろ『雨ニモマケズ』に共通する『祈り』がテーマになっているからだという。』というあたりになる。果たして、どのようにしてこの世界で4次改稿版がなかったことにされ、ぼくはタイムリープしてしまったのか? そもそもなぜぼくなのか? などの疑問にきちんと答えていくうちに、「カムパネルラとは何なのか」と、「銀河鉄道の夜論」「宮沢賢治論」ともいえる領域に踏み込んでいく。

本書は、物語であるからこそのやり方で銀河鉄道の夜という物語が内包する巨大さ、豊穣さを表現してみせたとのだと思う。

おわりに

これ以上書くとついついネタバレしてしまいそうなのでこんなところでやめておくが、本書を読むことで『銀河鉄道の夜』を読み直し、さらにはプロローグの最後の一文が『だから、これから先はぼくたちの『銀河鉄道の夜』の物語なのだ。』と締められているように、「新たな銀河鉄道の夜」を読んだような気持ちにさえもなった。理屈や背景がきちんと説明されていくから本書は純然たるSF作品といっていいのだが、それと同時に、童話としての空気もちゃんと残されているんだよね。

宮沢賢治全集〈7〉銀河鉄道の夜・風の又三郎・セロ弾きのゴーシュほか (ちくま文庫)

宮沢賢治全集〈7〉銀河鉄道の夜・風の又三郎・セロ弾きのゴーシュほか (ちくま文庫)