基本読書

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ネビュラ賞受賞のファンタジィ──『ドラゴンの塔』

ドラゴンの塔 上巻 魔女の娘

ドラゴンの塔 上巻 魔女の娘

ドラゴンの塔 下巻 森の秘密

ドラゴンの塔 下巻 森の秘密

ネビュラ賞の長篇部門を、アン・レッキーの『星群艦隊』、ケン・リュウの『蒲公英王朝記』等の話題作と競った末に受賞したのが本書『ドラゴンの塔』である。

その時点でめちゃくちゃにハードルが上がっていたのだが、読んでみればハードルを超えてきたとまではいわないものの(他の作品も良いし)なかなかおもしろいファンタジィ小説であった。プロットと世界観自体はシンプルでおとぎ話的であるものの、《テメレア戦記》シリーズの著者らしい瑞々しい感情表現や、魔法を詠唱する際の表現ひとつひとつが素晴らしく、のめり込ませる。多くの人が楽しんで読めるだろう。

舞台となるのは魔法が存在し複数の国家が緊張関係にあるファンタジィ世界。17歳になった少女アグニシュカの暮らす村では、10年ごとに10月生まれの17歳の娘を〈ドラゴン〉と呼ばれる男に引き渡す習慣がある。とはいえ食われたりするわけではなく、10年経てば解放され、ひどいことも(夜伽とか)されずに、財産も与えられるそうだ。例年何らかの秀でた所のある女性が選ばれるため、アグニシュカは特に目立ったところのない自分が選ばれるとは到底考えていなかったのであった──。

という導入から当然想定されるようにアグニシュカは〈ドラゴン〉に選ばれ、彼の暮らすドラゴンの塔で掃除をしたり食事の用意をしたり魔法書を読んで日々を過ごすうちに、特異な魔法適性を開花させていくことになる。強情で理屈っぽいドラゴンとおっちょこちょいでフィーリングで行動する傾向のあるアグニシュカは衝突しっぱなしではあるが、そんな中魔法の教授、人間や家畜を穢し怪物に変えて土地を侵略する〈森〉との戦いを経て、だんだんとお互いの仲が進展していくのでツンデレ男子とお転婆娘のラブロマンス(年齢差100以上)としても楽しませてくれる。

物語はその後、強大な力を持ち人間国家が今のところ明確な対抗手段を持ち得ない〈森〉と国家(+ドラゴンとアグニシュカ)の戦いを中心に描いていくがまあその辺はシンプルなので割愛しよう(大規模な魔法攻城戦があるのは好み(城じゃないが)。

魔法の描き方

この手の作品で興味深いのは"魔法"をどう描くかというところだ。たとえば、メラゾーマと唱えたらMPが20消費されて炎の塊が出るみたいな、何度でも再現性のある"科学的な"描写をすると、わかりやすくロジカルにバトルが楽しめるものの、魔法が持っている神秘性は消えてしまう。本書でいうと魔法初級篇では、基本的にお決まりの呪文を唱えることで整理整頓ができたり、洗濯ができたり、身だしなみが整えられたり、記憶を消去したりといったシングルアクション型の魔法が多い。

呪文にも法則性があり、"服を呼び寄せる呪文"と"台所の包丁を研ぐ呪文"とをごちゃ混ぜにしてみると鎧が呼び寄せられたりと、なかなかにロジカルである。一方で、もう少し複雑な呪文になると今度は同じように呪文を唱えても発動しないという状況が発生する。たとえばアグニシュカにしか唱えられず、ドラゴンが完全再現しても魔法が発動しない。いらつくドラゴンに対して、アグニシュカは『「それはつまり……たんなる道よ。目的地に通じる道はひとつじゃないわ」』といって、"発動結果は同一だが、発動手段は毎度違う魔法"の存在を明らかにしてみせる。

さらに大規模な魔法になると、一冊の魔法書を一気に、途中で力尽きずに(魔力を吸われるから)読みきらなければならない、そのかわり回し読み可──というように発動手段とリスクの種類も変わっていき、多様な描写でこの世界における"魔法"の在り方を魅せてくれる。特に目的地と道についての比喩は、魔法の神秘性を残したままある種のロジックも保てるおもしろ良い表現だな、と思った。

総括

総括すると、けっこう出来の良いファンタジィ小説ということになる。続篇もつくれそうな構成というか、できればこの設定で〈森〉との戦いを超える大規模な国家魔法戦が読んでみたいが、どうかねえ。