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仮想現実×人工知能×方舟計画──『世界の終わりの壁際で』

世界の終わりの壁際で (ハヤカワ文庫JA)

世界の終わりの壁際で (ハヤカワ文庫JA)

ハヤカワSFコンテスト第4回の優秀賞作品だが、これがなかなかおもしろい。

同時に優秀賞を受賞した『ヒュレーの海』が好き嫌いが大きく分かれそうなピーキーな性能の作品だとしたら、こちらはそれとは逆に広く受け入れられるだけのストーリーやキャラクタの強度のある作品だ。キャラクタの動機、シチュエーションの必然性、世界観は練り込まれ、魅力的な人工知能はキャラ的に立ちながらも理屈の部分も確かである(著者はシステム工学専攻。職業も恐らくはそっち系だろう)。

簡単に世界観とかあらすじとか

舞台となるのは、タイトルに「壁際」と入っているように、大規模な環境変動に備え山手線の沿線に築かれた巨大な壁によって社会が"内"と"外"にくっきりと分かれてしまっている近未来の日本である。壁物としては"山手線沿線"という非常に想像しやすい場所を選んでいるのがわかりやすい。ある意味現代日本でも家賃の高低による貧富の格差の象徴としても機能するし(ま、山手線の内側もピンキリだが)。

内側は〈シティ〉と呼ばれ繁栄しているが、一方で外側は放置され荒廃し、崩壊しつつある。どちらにせよ"世界の終わり"、大規模な環境変動は確実に来るとみられており、外側に暮らす人々はただただ死刑宣告を日々だ。壁の外側で育った片桐少年は、〈シティ〉を夢見ながら、〈フラグメンツ〉と呼ばれるVR上で行われるゲームバトルを行って金を稼いでいるが、どうしてもゲームのために莫大な金をデヴァイスを注ぎ込み身体改造まで行ったオルターらに勝てないので絶望に打ちひしがれている。

物資は全部〈シティ〉に持って行かれてしまうので、見捨てられた外側で成り上がるためには電子的なデータを用いなければならない=ゆえに、片桐少年はVRでゲームをする、というようにひとつひとつの状況にきちんと理屈がつけられていくのがまずSFとして素晴らしい。しかし、いわゆる成り上がりの手段として行っていたゲームなのに、そこでも金が物を言い、どうしても〈シティ〉の連中に勝てないのだ。

どうしようもない鬱屈した日々を送る中で、片桐少年は目が悪いが聴覚が優れたアルビノの少女と、通常から逸脱した応答を行う、生き生きとした感情を持っているようにみえる特異な人工知能と出会い、二人の能力を結集し〈フラグメンツ〉を勝ち上がっていくうちに"壁"に隠されていた秘密に近づいていくことになる。

人工知能の描き方とか

世界の終わりに備えて作られた壁は、いってみれば少数の人類を生かすための物なので、"誰を生かし、誰を見捨てるのか"という方舟テーマの作品でもある。

それに加えて、終わりを前にして諦めて受け入れるのか、絶望的な状況下でなお希望を求めて足掻くのかといった個々人の選択/覚悟と、"内"と"外"の住民の思想的な軋轢も描きながら人工知能テーマを絡み合わせていくだけにやたらめったらと話が混線してくるが(これがそれなりにうまく絡まっているが凄いが)、主人公の"生き残り、先へ進む"という強い動機は一貫しているので混乱することなく入り込めるだろう。

片桐少年が出会う特異な人工知能の描き方がまたよくて、最初はエスペラント語でしか喋らなかったのに次第に日本語を習得しフランクな喋り方を習得しジョークのようなものまで言うようになりと章が進行するたびに能力が増し(オーソドックスとはいえ)、キャラクタとしての魅力も増していくのは描写として抜群にうまい。

というわけでキャラ良しストーリー良し世界観良しと、素晴らしい部分が幾つもあるけれど、選評にもあるが、この一作の中で消化しきれていないように感じる。

おわりに

仮想現実空間でのバトルはもっと色んなパターンが読みたかったし(この点については後半への前フリだから描き込みすぎてもアレだが)壁の内と外の階層差、文化の違いも描きこんだらより楽しかっただろう。恐らくこの物語の先にはもっと大きな物語があるのだと思うが、そこまで含めてひとつの作品として読んでみたかったと思う。

次は構想をさらに膨らませた世界観で(それこそソードアート・オンラインぐらいに)じっくりと描きこんだ長篇を読んでみたいと思わせる才能だ(いきなり3巻とか5巻とか10巻とかの構想で話を書き始めるのは(出版事情的に)難しいだろうが)。

ちなみに、『ヒュレーの海』とは共になろう出身作ということがよく話題にのぼるが、作品としては著者が二人ともシステム工学を専門で学んできたことからくる共通点も多いように感じた(作品内でのリアリティの保ち方についてなど)。読み比べて、自分だけのSFコンテスト大賞を決めても楽しいと思う(わりと割れるのでは)。

ヒュレーの海 (ハヤカワ文庫JA)

ヒュレーの海 (ハヤカワ文庫JA)

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