基本読書

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横浜駅が自己増殖し、本州の99%が覆い尽くされてしまった世界──『横浜駅SF』

横浜駅SF (カドカワBOOKS)

横浜駅SF (カドカワBOOKS)

本書『横浜駅SF』はカクヨムに投稿されている作品(今も読める)であり、投稿当初やたらとバズってたから(そのまま第1回カクヨムWeb小説コンテストSF部門大賞を受賞した)僕もその頃に読んだし、すでにWebで読んだことのある人も多いだろう。

最初は書名が無骨であまりにもそのまんまだし、元々はツイッタに投稿されていたネタを膨らませたものだという話を読んで一時的に(ネタとして)ランキングに上がっているだけだろうと思っていたが、自己増殖を繰り返す横浜駅によって本州が覆い尽くされてしまった世界──そんなバカバカしい状況を描きながらも背景を支える理屈は確かなものであり、逆に理屈を詰めていった先にバカバカしい状況が立ち現れてくる圧倒的なおもしろさに惹き込まれあっというまに読み終わってしまった。

著者のあとがきの言からしてすでに可笑しい/おかしい。

 横浜駅は大正四年にこの惑星に誕生して以来、百年以上に渡り一度たりとも工事が終わったことが無い。このため世間では「横浜駅は永遠に完成しない日本のサクラダ・ファミリアだ」と揶揄的に言われている。
 だがよく考えて欲しい。横浜駅にとっての「完成」とは何なのだろうか。工事が終わることは「完成」なのだろうか。(……)
 しかし横浜駅は具体的な最終形態に向かって百年間工事が続いている訳ではない。むしろ横浜市および日本全体の鉄道ネットワークという外界の状況に応じて柔軟にその姿を変化させる事こそが、都市の中枢である駅のあるべき姿と言えよう。すなわち「常に工事が行われている状態」こそが完成形と考えるべきである。

大賞をとるのも当然だし、SF的な純度でいっても(大半の読者からすれば意味のない情報だが)早川から出ていても不思議ではない。文章も洗練されていて、どこを切り取ってもおもしろく、異常なまでにレベルの高いデビュー作である。文章精度の高さ含む完成度、その作風も含めて日本の作家でもっとも近いのは円城塔だろう。

というわけで完全にオススメの一品なことは伝わったと思うので、後段ではもう少し詳しく作品の世界観と個人的な読みどころを紹介してみよう。

世界観とかプロットとか

舞台となるのは絶え間なく改築工事を繰り返す横浜駅が、勝手な自己増殖を開始した数百年先の日本。結果として本州は99%が横浜駅で覆われてしまい、そこから逃れた北海道を拠点とするJR北日本と九州を拠点とするJR福岡の2社は独自の技術を用いて青函トンネルと関門海峡に防衛戦を築き上げ、ギリギリの攻防を続けている。

横浜駅内部に取り込まれてしまったらどうなるのか──といえば別に駅に喰われるわけでもなく、器物を破壊したりSuica利用者への暴行行為、Suikaの非所持などなどが発覚すると、自動改札によって駅外への強制排除が機械的に実行されるような、駅による徹底した監視を受ける管理社会に移行するというだけの話ではある。仮に外に追い出されても、食料自給を自前で行ったり、横浜駅からの廃棄物(食料含む)をかき集めて生きる村などもあり、駅に支配された人類社会という完全なディストピア社会ではあるものの各所で一応人間としての生活が成立してはいるようだ。

プロットは、Suikaを持たず横浜駅の外で暮らす三島ヒロトくんが、古代地層から発掘されたSuikaがなくとも駅内を移動できる「18きっぷ」を手に入れ、より広い世界をみるため+謎の教授によって42番出口を探すように言われ横浜駅をめぐり、最終的に横浜駅の秘密に出会うというなかなかにシンプルなものだが、それ故に揺らぎなくしっかりとしている。本書の主役は(元ネタである『BLAME! 』がそうであるように)横浜駅が増殖していくこの世界そのものだからそれでいい。

なんといっても魅力的な設定の数々よ

というわけで、なんといっても魅力的なのは、三島ヒロトくんが道中で出会う退廃的ながらも魅力的な横浜駅の仕組み、その外で抵抗を続ける人々の在り方、世界の作り込みそのものだ。まず「日本がこんなことになってるのに他国は何してんの?」と疑問に思うだろうが大変なことになっているのは横浜駅/日本だけではなく、世界は〈冬戦争〉と呼ばれる大国間の連続的な戦争により分断されてしまっている。

通信ケーブルも交信手段も存在しないために国外の状況はよくわからないことが多く、少なくとも東アジア沿岸部は冬戦争によって人間の住めない状態になっている──という世界をめぐる大状況もさることながら、北と南のJRがそれぞれどのような戦略で横浜駅の増殖を食い止めているのかなどの戦術的な部分までしっかりと描きこまれていて、これを読んでいくだけで笑える/おもしろい。

たとえばJR福岡と横浜駅による関門海峡の攻防は下記のように描写されていく。

 防衛戦の最初の世代は、植物が枝を生やすように延びてくる横浜駅の連絡通路を、集中砲火で撃ち落とすという戦いだった。横浜駅の伸長速度は、速い時でも対岸まで半日かかる。火力を集中させ叩き落とす時間は十分にあった。
 ところが数十年を過ぎるころに横浜駅が戦略を変えた。あらかじめ駅の内部で十分な長さの連絡通路を完成させておき、射出するように延ばしはじめたのだ。これでは到達までの時間は三〇分にも満たない。このためJR福岡は急遽、沿岸工事で海峡を拡張して時間を稼ぐとともに、火砲の機動性確保を迫られることになった。現在ではどこで連絡通路の射出がはじまっても、一〇分後には撃ち落とせる体制になっている。だが、連絡通路の射出速度も徐々に上昇している。

こうした連絡通路をマクロ的に破壊する戦術がJR福岡の戦いであるが、逆に北海道と横浜駅を隔てているのは関門海峡よりはるかに広い津軽海峡であり、また別種の対応が求められる。それは両者がどんな技術を開発するかにも大きく関わってきて──と、横浜駅が自己増殖していくだけだと単なるバカSFだが、その内実をしっかりと描き込み、絶え間なく"適応"を繰り返す存在に終わりはあるのかという問いかけも含めやたらと地に足のついた作品として成立させているのである。

おわりに

Web小説といえば同じシリーズを延々と続けていくイメージがあるが、本書は一冊で綺麗に完結しているのも優しい(とはいえ外伝部は二冊目に回すとのこと)。

同世界観での話も読んでみたいが、構造に対して描写を膨らましていくというよりかは構造を次々と使い潰していくタイプの書き手にもみえるので本書みたいな異様な世界/風景をいくつも生み出してほしいものだ。本書末尾にはKADOKAWAから出ているのに星海社からの次作予定『重力アルケミック』刊行広告も載っていて、これがあとがきによると『地球が年に三パーセントずつ膨張して、とにかく地面が余っている世界の話である。』というめちゃくちゃにおもしろそうな内容である。

ちなみに最初に書いたように今でも読めるので気になった方はまず下記で読んでみるのがいいだろう。読み比べたわけではないからどんな変更があるのかはわからんけれど、相当変わっているような気がする。
kakuyomu.jp