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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

殺人が不可能になった社会vsそんな社会で殺害を決意した男──『破壊された男』

破壊された男 (ハヤカワ文庫SF)

破壊された男 (ハヤカワ文庫SF)

『虎よ、虎よ!』で知られるアルフレッド・ベスターのSF長篇デビュー作にして、スタージュンの『人間以上』クラークの『幼年期の終り』を抑えての第1回ヒューゴー賞受賞作だ。ただの復刊だと思っていたら、ハヤカワ・SF・シリーズとして出ていたものの文庫化になるようだ。おかしいなあ、昔文庫で読んだ気がするなあと思っていたら文庫で出ていたのは東京創元社だったのね(分解された男として出ている)。

で、これが今読んでもとんでもない傑作で読み始めたら止まらず、一気に読んでしまったのだがそれはちと置いといて。何故このタイミングで文庫化なのかといえば、『虐殺器官』の映画化に合わせたディストピアSF企画の一環(同時に『すばらしい新世界』、『動物農場』も新訳で刊行)というのと、早川がやっていた"いま読まれるべき銀背"で二位に選ばれていたのもあるようだ。ほんとに反映されるんだなあ。

というわけで『破壊された男』である。伊藤典夫訳はそのままに、寺田克也氏の素晴らしいイラストレーションの文庫版はそれだけで最高だが、もちろん内容も凄い。内容を忘れていたのもあるが、連載から数えると65年も前の作品とは到底思えず、こんなにおもしろくていいのか? と疑問に思うぐらいにのめり込んでしまった。

めちゃくちゃ魅力的なプロット

その理由のひとつは、シンプルなプロットにあるのだろう。時は2301年、人類は反重力エンジンの発明によって太陽系に広がっている。社会には22世紀頃から心を読めるエスパーが出現するようになり、エスパー達で組織された心理操作局の創設によって世界からは"計画的な殺人"の阻止が可能になった。エスパーによる完全監視社会ともいえるわけで、その辺がディストピアSFとして選ばれた所以でしょうな。

70年間殺人が起こっていないこの人類社会において多数のエスパーを擁する一流企業の社長ベン・ライクは、ビジネス上障害となる相手の殺害を決意する。当然、それは簡単なことではない。世界中をエスパーがパトロールしており、明確な殺人計画はすぐに感知されてしまう。しかし、殺害実行者もまたエスパーを有し透視を妨害したらどうだろうか? 可能かもしれない。彼はそれをやれる特別な立場にいるのだ。

「おれは戦争をするつもりなんだよ」ライクはつづけた。「おれがこれからやろうというのは、この社会との壮烈な前哨戦だ。戦略および戦術の問題として考えてみよう。おれの抱えている問題は、どんな軍隊を例にとっても変わらない。図太さ、勇気、自信。もちろん、それだけじゃ充分じゃない。軍隊には、情報機関がいる。情報機関があってこそ、はじめて戦いに勝利をしめられる。だから、おれのG2として、あんたが必要なんだ」

「おれは戦争をするつもりなんだよ」のところでこちとらもうグワーーーとテンションが上ってしまうわけですよ。そうなのだ、人を殺すことが困難な体制が敷かれている社会では、人一人殺すのはそのまま社会との戦争を意味するのだ。『サイコパスやゴロ医術や錬金術みたいな過去の遺物……だが、おれは死を復活させてやる』とライクは宣言する。物語はこの後、殺害を実行しようと仲間を集め計画を立てるライクと、心理捜査局総監であるリンカーン・パウエルの対決の様相を呈していく。

ガンガン上がっていくボルテージ

ライクがイカれているのは当然として、パウエルの方もかなりやばい。狂気に突き動かされるように、無駄な手は一切打たず的確に事件を追い(故に、凄腕同士の対決サスペンスとも読める)、自身があと一歩でミスをしたことを知るとそこらじゅうの物に当たり散らし、市警本部長がよりかかっている椅子を蹴り飛ばして「くたばりやがれ! いつまでもそんなろくでもない椅子にすわってやがって!」と叫んでみせる。

 パウエルは、内に湧きあがってくる絶望感を押し殺した。チェーカへの絶望ではない。それは、新しい力を人間に授けておきながら、古い悪を取り除こうともせず、力をもてあそぶままにさせておく。情容赦ない進化の法則に対する怒りだった。

『虎よ、虎よ!』もそうだし、ベン・ライクもそうなのだが、どの登場人物も通常じゃありえないほど切羽詰まっているというか、世界そのものをひっくり返してやらねばならないんだ! とか、この世界に存在する法則そのものに対する強力な叛逆精神(上記引用部のような)的な強烈な焦燥感/動機が根底にあるんだよね。それは物語をドライブする力強いエンジンとなって機能し、読み進めるたびに登場人物たちの異常なテンションの高さにこちらも同調しうおおおおおおおと異常に高まってくるのだ。

そうしてガンガン高まっていくボルテージにまるで物語も呼応するようにして、作中で発生する殺人事件からどんどんその枠を拡大し、最終的には銀河系すべてを巻き込むような事態に発展してしまう。単に規模がデカくなるだけでなく、他人の精神を読むエスパーの存在は登場人物の内面を掘り下げていく役割を果たし、物語は内面的にも深く深く潜り込んでいく。それが結果的にはミステリ的な種明かしにもつながっており、SFとしてもミステリとしても完璧な作品というほかないのだ。

おわりに

というわけで、いやー非常に楽しませてもらいました。ベスター、あらためてほんとに凄いな。読んだことがない人には当然オススメだし、かつて読んだことがある人にも(どうせ忘れてるだろうし、寺田克也イラストは素晴らしいし)オススメである。

虎よ、虎よ! (ハヤカワ文庫 SF ヘ 1-2)

虎よ、虎よ! (ハヤカワ文庫 SF ヘ 1-2)