基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

古典ディストピアSF三冊+SFマガジン最新号を紹介する

最近『動物農場』、『すばらしい新世界』がそれぞれ山形浩生訳、大森望訳で新訳、『破壊された男』は伊藤典夫訳そのままに文庫化され、この機会に一気に読んだ。この三冊の刊行は虐殺器官の映画公開に合わせたディストピアSF企画の一環だが、どれも今読んでおもしろいし作風もそれぞれ異なるのでまとめて紹介してみよう。

動物農場

動物農場〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫)

動物農場〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫)

オーウェルの代表作の一つ。この三冊の中では、訳者あとがきや序文を入れても200ページちょっとでページ数が一番短い。薄い本が好きだからこれは嬉しい。

中身も可愛らしい(かどうかはともかくとして)動物たちが人間たちに対し蜂起し、すべての動物は平等であるという理想を実現した「動物農場」を設立。ところが次第に一部の動物たちの中で富/権力の独占がはじまっていく──という感じで、起こっているのは現実のソ連を思い起こさせる陰鬱な事象ながらも、真剣に議論しているのがブタとか犬とか猫なので童話チックになっており笑いながら読める。

まもなくみんな、仕事があるときに限ってネコが決して見つからないのに気がつきました。何時間も姿を消して、食事時とか、仕事が終わった晩になると何事もなかったようにまた姿を見せるのでした。でもいつも実にもっともらしい口実を述べたし、実に愛らしくのどを鳴らしてみせるので、その善意は信用せざるを得ませんでした。

とまあ、大変読みやすくおもしろいものの、人が権力を奪いあった時に出現する普遍的に存在する傾向/理屈を見事に描き出している。いうまでもないが、無数の解釈を可能とする力のある作品だ。あと訳が山形浩生さんなのもあって訳者あとがきが充実しているのもいい。それは『すばらしい新世界』の大森望さんも同じだが*1

すばらしい新世界

すばらしい新世界〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫)

すばらしい新世界〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫)

『動物農場』は寓話的なので今読んでもまったく問題なく楽しめる。一方でこの『すばらしき新世界』も同様に今読んでもおもしろいが、それは寓話的だからではなく本書で構築されている世界観/テーマが当時(1932年)にして既に完成されていたからだろう(その先の道や、別パターンなどは現代でも無数に生まれているが)。

表紙が真っ白なのは作中で言及とテーマ的な関係性のある伊藤計劃『ハーモニー』の流れかな*2。物語の時代はフォード紀元632年、西暦だと2540年。人々はみな人工受精で瓶から産まれ、そこで階級が決定されその後の人生をおくることになる。大衆に対して、自然を愛することは生産に対する需要を喚起しないから自然を嫌うよう条件づけをするなど、徹底した性能コントロールが行われている嫌な社会だ。

とはいえそこで暮らす人々は主観的には幸せで、仮に嫌なことがあっても多幸感をもたらす副作用のないソーマを用いることで容易く打ち消してしまえる。何か嫌なことがあったと愚痴れば「ああそうなの? ソーマ飲めば?」と返ってくるのがお決まりだ(全体的にノリが軽い)。そのおかげで『1984』とかと比べてもずいぶん雰囲気は明るくて、訳者の大森さんもあらためて読んですばらしく笑えるじゃないですかと感想を書いているが、たしかに笑える箇所が随分ある。

たとえばこの世界ではみな瓶から生まれるので「親」という概念がとても恥ずかしいものに思えるらしく、親について説明させられるとモジモジしてしまう。その様は現代とのギャップを明確に感じさせて、コメディ的に読めるだろう。

「簡単に言えば」と所長がまとめた。「親とは"父"と"母"だ」実際は科学用語だが、猥褻な響きを持つその言葉に、生徒たちは強い衝撃を受け(ガーン)所長から目をそらした。「"父"と"母"」所長は、科学について解説しているのだから一点も恥じるところはないと言わんばかりに声高にくりかえすと、椅子の背にもたれて、「たしかに不愉快な事実だよ」とむっつり言った。「しかし、歴史的事実とは、たいていの場合、不愉快なものだからね」

最初はこの世界そのものが作品の主人公のようなものだが、次第にこの世界で違和感/孤独感を感じるバーナード君に焦点があたるようになり、その後はこの社会の外からきた"野人"を主人公とし「誰もが強制的に幸せにされる世界では、不幸になる/不都合を得る権利の価値が高まるのでは」というテーマが持ち上がってくる。ディストピア/ユートピア物の古典と言われるだけのことはある強さのある作品だ。

破壊された男

破壊された男 (ハヤカワ文庫SF)

破壊された男 (ハヤカワ文庫SF)

『虎よ、虎よ!』で知られるベスターの長篇。他二作と比べるとPSYCHO-PASS系の文脈の作品でディストピア性は落ちるが、おもしろい。社会にはエスパーが生まれるようになり、彼らによって誰もが精神を読み取られてしまうため世界は実質的な監視社会化にある。エスパーがそこら中をパトロールし、70年間一度も計画殺人が行われていない状況下で、あえて"殺人"を行おうとする巨大企業の社長を描く。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
それはただの殺害ではなく、殺人を許容しない社会との壮絶なる戦争なのだ──と社長が宣言するところはめちゃくちゃ燃え上がってくるが、そのへんの詳しいところは昨日上記の記事で書いてしまったのでそっちを読んでもらいたい。

SFマガジン 2017年 02 月号

SFマガジン 2017年 02 月号 [雑誌]

SFマガジン 2017年 02 月号 [雑誌]

最後にSFマガジンの最新号を紹介。ディストピアSF特集になります。

『虐殺器官』で声優を務める中村悠一さんと櫻井孝宏へのインタビュー。監督の村瀬修功さんへのインタビュー。ディストピアSFメディア別ガイドに評論各種などいろいろ揃ってます。僕はディストピアSFメディア別ガイドで小説を『1984』から『ボラード病』まで13作品担当しているので(書くの大変だったねん……)読んでね。映画もゲームも揃っているという、なかなかに網羅性の高いガイドである。

*1:このあたりの人たちの訳者あとがきはあとがきというよりかは解説としての役割を担っていて、「訳者あとがき」の水準を異常に引き上げているよなと思ったりもする。

*2:チョロいから真っ白な表紙だとそれだけで格好いいと思ってしまう