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ニューヨークの魔物の生態を描き出すお仕事物──『魔物のためのニューヨーク案内』

魔物のためのニューヨーク案内 (創元推理文庫)

魔物のためのニューヨーク案内 (創元推理文庫)

『魔物のためのニューヨーク案内』という書名からは最初どんな話なのかよくわからなかったが、実際読んでみればそのまんまであった。ヴァンパイア、ゾンビ、インキュバス、水の精、人造人間などあらゆるモンスターが跳梁跋扈するニューヨークを舞台とし、魔物専用の"ニューヨークガイドブック"をつくろうとする人間の女性のお話なのだ。ジャンルはいわばファンタジィお仕事小説である。

簡単なあらすじ

編集者のゾーイは、勤めていた会社を上司との不倫がその妻にバレたことをきっかけとして辞め、一刻も早く次の職を探さねば──と焦っているところで新進気鋭のプラチナ出版社に勤めることに。君はここではうまくやっていけないぞ……と直接的に断られながらも自分を売り出した結果(経歴は文句なしなわけだし)モンスターの住処でモンスターに対するガイドブックを作るはめになってしまったのだ。

モンスターの中にはドラゴンのように巨大な者もいるが、たいていは人間の形をとれるので表向きはそうとわからない。とはいえ人間と完全に同一かといえばそんなこともなく、ヴァンパイアは血を吸う必要があるし、ゾンビは脳を食べる必要があるし、インキュバスは誘惑し生気を吸うしで、根本的に人間に害をなす存在である。ゾーイはいわば餌も同然、それも人間は彼女だけなのだから当然うまくいくはずもなく、あちこちで問題を巻き起こして/巻きこまれていく。

魔物たちの精緻な生態

モンスターへのガイドブックをつくらなければいけない(ゾーイは希少な編集経験者なので、いきなり編集長だ)というのは設定的にうまくて、ニューヨークのあちこちへと出かけていって、モンスターたちの特性を把握する動機として都合よく機能している。たとえばゾンビは皮膚がはがれるのを嫌って握手を嫌うが、ヴァンパイアは好む。ヴァンパイアには血を吸うもの、生きる意欲を吸うもの、などなど種類がいて──とこの世界のモンスターの生体を輪郭豊かに描き出してみせるのだ。

下記は面接のシーン。この世界にはドラゴンだろうが神だろうがだいたいなんでもいることがコメディタッチで描かれてる(かなり思い切っているよなあ)。

 面接にやってきたのは、疥癬悪霊、二流どころの北欧の神(エイルと言って、治癒の女神だとモルゲンが教えてくれた)、それにバーティという名のウィルム(ヨーロッパのドラゴン)。バーティはまだ赤ん坊のドラゴンで、自分は"たったの"二百歳だと言った。知識旺盛なドラゴンで、とことん町を食い尽くしたいと思っている。しばらくのあいだなら人間の姿でいることもできると彼は言い、「ほんとうに重要なとき」には、ドラゴンであることをほぼ隠し通せると請け合った。
「ほぼ」というのが気になる。

同僚のインキュバスはやたらとゾーイを狙ってくるし、インキュバスのターゲットを変更させるために一緒にモンスター御用達のSMクラブへといってみれば、まんまと誘惑に引っかかりセックス一歩手前までいってしまう(描写はかなりエロい)。などなど、エッチだったりコメディだったりでゆるい雰囲気のままお仕事小説としてまとめあげるのかと思いきや、実は後半から雰囲気が大きく変わってくる。

意外と規模の大きな話に。

何しろゾンビによる人間襲撃事件を発端として、ニューヨークに迫る大きな危機が明らかになると、過去の因縁も絡まってきてただの人間であるゾーイがニューヨークを守るための一大決戦へと巻き込まれてしまうのだ。巨大なゴーレムやゾンビの大群らとの戦いはお仕事小説の影も形もなくなっており、大丈夫かと心配になるが、これはこれで魔物大戦の様相を呈しており派手/無茶苦茶でおもしろい。

後半のイメージとしては『血界戦線』に近づいていく感じか(『血界戦線』は異界と人界とが交差してニューヨークが超常日常・超常犯罪が頻発する異常地帯となっている世界の漫画で魔物/能力者が大量に出てくる)。特に後半部の規模のデカさについていくらか疑問は覚えはするものの、人造人間からヴァンパイアまで"魔物"が街に住んでいるなどという無茶を持ち込むのであれば、そりゃあこれぐらいはやってくれないとねと最後には納得してしまった。

おわりに

各章の終わりに刊行された『ニューヨークよろよろ歩き』からの抜粋が載せられていて、これがまたユーモアにあふれていてよい。宿泊施設の探し方、空港はどこがいいか、ヴァンパイアは血液をどこで入手したらいいのか(ひとつの選択肢として、赤十字社にいけば消費期限切れの血液が手に入る)──魔物のためのひとつひとつのお役立ち情報が人間とは大きく異なるので、本書一冊の中には人間の街と魔物の街という、ニューヨークに関する二つの異なるレイヤーが収められているのだ。

ほんわかコメディファンタジィであると同時に派手なアクションも味わえる、よく言えば一粒で二度おいしい作品なので好きそうな人はどうぞ。