読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

信仰に基づくハードSF──『エコープラクシア 反響動作』

エコープラクシア 反響動作〈上〉 (創元SF文庫)

エコープラクシア 反響動作〈上〉 (創元SF文庫)

エコープラクシア 反響動作〈下〉 (創元SF文庫)

エコープラクシア 反響動作〈下〉 (創元SF文庫)

前作『ブラインドサイト』から3年以上経ってしまったので、ピーター・ワッツとはどんな作家だったかねえと忘れかけた状態で読み始めたのだが、すぐに「うおおおこれが、これこそがワッツだ!」と思い出し興奮の絶頂にいくぐらいにおもしろい。理詰めで吸血鬼やゾンビ、機械知性に仮想現実の引きこもりまでを語り尽くし、無数のアイディアを惜しげもなく披露しながらストーリーも冒頭からぶっ飛ばしていく。

軍用ゾンビを引き連れた、無数の監視衛星さえもハッキングした吸血鬼が、脳をつなぎ合わせ集合精神を獲得した宗教団体"両球派"に対して戦争をふっかける。そんな混沌とした状況へと巻き込まれてしまった現生人類・ブリュックスは、目が覚めると地球を遠く離れた宇宙船の中にいて、なぜか吸血鬼、集合精神らと共に人類の主要なエネルギーを生み出す重要拠点であるイカロス衛星網を目指すことになっていた。

なぜイカロスを目指すのか。

なぜ彼らはイカロスを目指すのか(なぜブリュックスは巻き込まれたのか)。それを説明するためには前作の話をせねばなるまい。経緯をざっくり説明すると、2076年に地球から半光年離れた天体で謎のX線を観測。その6年後に65536個の人工物体が地球を取り巻き、それらは解析不能な大量の信号を発信したのちに盛大に燃え尽きた。

正体不明の異星知的生命体からの一方的な接触。戦闘の前の視察だったのか、はたまた何らかの友好的なコンタクトが行われるのか。地球サイドでは敵対的存在である場合も想定して調査船〈テーセウス〉を建造し、謎の信号を発信する彗星に向けて調査派遣した──『ブラインドサイト』で描かれるのは主にその旅の記録である。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
一方地球では先に書いたように宗教団体と吸血鬼の抗争が勃発するが、地球生命への脅威である異星知性体に向けて一時的な和平/協調を選ぶことになった。イカロスを目指すのは異星知性体への対抗策の一環であり、〈テーセウス〉が残した成果/結果とも関連している。結局、イカロスに行くのは前作同様「調査」と総括できるだろう。ちなみに解説の渡邉さんは前作から読んだ方がいいよと言っているけれど、前作で起こったことは最低限説明されるし、僕は本書から読んでもいいと思う。*1

信仰に基づくハードSF

視点人物となるブリュックスは、ほぼ改造を行っていない生身の人間だ。"超人化"が容易な時代ゆえに、無改造派は珍しい部類のようで、他のキャラクタに幾度か驚かれている。その上、この世界には集合精神や機械知性、AIまでがいるのだ。そんな人類を遥かに超越した知性たちの間で、"無能な彼の役目とは一体なんなのか"が、自由意志をめぐる議論と、神をめぐる宗教論争などが相互に関連しあって展開していく。

 わたしは執筆にある程度の不快感が伴うようにしている。顔面から着地するリスクを負わなければ、新しい場所にはたどり着けないと考えるからだ。わたしを快適な環境から放り出したければ、偏在するが目に見えない神の存在を真剣にとらえ、それをハードSFと合体させるのがいちばん確実だ。"信仰に基づくハードSF"という語句は、実際──クラークの第三法則があろうとも──究極の自己矛盾だろう。

とは「参考文献」での弁だが、ピーター・ワッツは記事タイトルにも拝借した"信仰に基づくハードSF"という高いハードルを見事に乗り越えてみせた。たとえば、本書に出てくる宗教団体両球派は、神を"物理法則を破るもの"として定義している。ありえない出来事、物理学からの逸脱──そうした現象を"奇蹟"というのであれば、それを引きおこすプロセスこそが神なのだ。

"わたしたちはいつも、光速度cやそのお友達を不変の法則と考える。クェーサーやその彼方まで行っても通用すると。もしもそれが──つまり、地方条例にすぎなかったら?"

両球派は"神"の実在をすでに確認していると言われているが(奇蹟を確認している)、この仮定がもたらす宇宙観およびそれが可能にする展開の広さを考えると身震いしてしまう。イーガンは我々の宇宙とは異なる物理法則を持つ〈直交〉三部作を創り上げたが、ワッツはまた別のやり方で異なる物理法則を物語に取り込んでみせたのだ。

凡庸な現生人類の在り方

我々が現実ととらえているものは所詮脳が引き起こしている感覚でしかない。脳に直接パルス刺激を与えることで快感や不快感、運動感覚といったものを操作できてしまう。脳科学/神経科学の世界では、人間が自由意志を持つと想定するのは難しい、という結論を示唆する研究成果がいくつも出てきているが、ワッツもそのあたりの知見を盛り込みながら"超越した知性に振り回される凡庸な人類の姿"を描き出している。

結果として本書に通底していくのは、"無常観"のようなものだ。変化と進歩から取り残されてしまった、現生人類。幻想としての自由意志を抱きながら、もはや何をしようとも先へ進んだ知性に敵うことはない。本書はそうした状況/人類を、肯定するのでもなく否定するのでもなく"そういうものだ"とばかりに淡々とみせつけてくる。

超越的な知性体達の思惑が錯綜する中、自身の目的を達成する/自由を手にするのは誰なのか。終盤の圧倒的な破壊のヴィジョンと相まって、読了後には荒涼とした、爽やかな読後感が残る。本書が映し出すのは取り残されてしまった人類に対する悲しみでも喜びでもなく、ただ"新たな知性体が繁栄した、次の世界の情景"なのだ。

おわりに

凡庸な人類であるブリュックスを視点人物にしているせいか、彼の周囲に存在する超越知性体の言動と行動は始終理解が追いつかない。しかし最後、ある種の"答え"が与えられそれまでの行動に意味が通るという意味では、本書はミステリ的な構成ともいえるだろう。大多数の人間が参加するMMOを疫学のシュミレーションに用いるなどちらっとしか出てこないアイディアも抜群に魅力的/情報量豊かで、まあとにかく読むのに時間/手間がかかる。でも、それだけの楽しさの詰まった傑作である。

ブラインドサイト〈上〉 (創元SF文庫)

ブラインドサイト〈上〉 (創元SF文庫)

ブラインドサイト〈下〉 (創元SF文庫)

ブラインドサイト〈下〉 (創元SF文庫)

*1:ま、『ブラインドサイト』も素晴らしい作品だし、ワッツは前作での議論を繰り返すような野暮はしないので、前でも後でも読むのはオススメする。