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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

完璧な短編小説──『J・G・バラード短編全集』

J・G・バラード短編全集1 (時の声)

J・G・バラード短編全集1 (時の声)

J・G・バラード短編全集2 (歌う彫刻)

J・G・バラード短編全集2 (歌う彫刻)

バラードの全短篇を時系列順におさめていく全集である。

僕がいまさら言うようなことでもないのだけれども、バラードの短篇は圧倒的におもしろい。長篇の方が知られている(『結晶世界』や『クラッシュ』といった〈破滅三部作〉や〈テクノロジー三部作〉があるし)イメージがあるけれども、僕はバラードでは長篇よりも(長篇が嫌いなわけではない。比較しての話)、イメージやモチーフが横溢し、長篇として展開する数々の要素が濃縮されている短篇の方が好きだだ。

練り上げられた世界観、現代社会と対応するコンセプトに加えそれを描写する文体はデビュー作の「プリマ・ベラドンナ」からして洗練されており、そのイメージの喚起力には圧倒される。こんなものを最初から書いていたのだから、作家としては天才という他ない。この全集の序文で、バラード自身次のように語っている。

 わたしにとっても短編小説はつねに重要だった。そのスナップ写真的性質、ひとつの要素に焦点をしぼる能力が大好きなのだ。さらに長編にする前にアイデアを試す場としても役立った。わたしの長編はすべて最初は短編のかたちで提示されていたものだ。『結晶世界』、『クラッシュ』、『太陽の帝国』などの読者はおの短編集成のどこかにその種を見いだせるはずだ。

「アイデアを試す場」という表現からは実験場のようなニュアンスも感じ取れるし、全短編集といえば質もバラけるものだが、バラードの場合その全てが上質かつ実験として成功してしまっている。『だが、今出版されている長編の多くは、短編として書きなおされたほうがはるかに優れたものになるだろう。不思議なことに、完璧な短編小説はいくつもあるが、完璧な長編小説などというものはないのだ。』

各短編について

一作ごとに渾身のアイディア/表現がぶつけられ、そのイメージがどれもあまりに美しく/退廃的で/独特であるが故にほとんど長篇を読み終えたあとのようながっつりとした読後感が残る。第一巻から幾つか取り上げてみると、広大な過密都市で空を飛ぶことに取り憑かれた男を描き、社会問題を過剰な形で表現する「集中都市」。

宇宙の果てから宇宙終了までのカウントダウンが刻々と送られてくる終末的な情景を描いた代表作「時の声」。睡眠の強制除去手術を受けた人間が精神的に崩れていく恐怖を描いた「マンホール69」などなど。広大な時間と空間を持つ宇宙とちっぽけな人間の対比。架空のテクノロジーや未来を扱ってはいるものの、現実から地続きの未来というよりかは空想上の現代人の姿などをまざまざと描き出していく。

二巻にうつると、「重荷を背負いすぎた男」はモノを消し去る能力を得てしまった男が、妻からなじられるうちに精神の平衡を崩してしまい最後には──。夫婦のリアルな閉塞感に加え、モノを消す際の偏執狂的な描写が精神のバランスを欠いた状況をよく現している表現の巧みさに驚かされる一篇。精神自由法の成立によって精神医療が廃止されてしまった世界での正気を問う「正常ならざる人々」、人口過剰が過熱し狭い土地を奪い合う「至福一兆」などは過酷な未来を笑いと恐怖と共に描いてみせる。

個人的に好きなのは「九十九階の男」。100階に登って"何か"をせねばならないと暗示をかけられた男が、医者によって99階までいったら降りろという後催眠暗示をかけられて何度もビルを登って99階までいって降りてくる話なのだが、状況が馬鹿馬鹿しくおもしろい(最終的に100階に登り真相が判明するのだが、オチはどうでもよい)。高層ビルというモチーフに対するバラードの熱い思いはなんなんだろうな。

暴徒が迫る中、"時間の花"を摘み続ける「時間の庭」や、地球の植物が壊滅し不毛の砂漠地帯となった無人の宇宙基地に侵入してはるかな宇宙へと思いを馳せる「砂の檻」などはその幻想的な風景と遠い場所を空想する心の距離が堪能できる。このへんまでくともう話がどうとかではなく、純粋に文章を読んでいるだけで気持ちが良い。

特異な風景

『ハイ・ライズ』を読んだときにも思ったが人口過剰の問題や高層ビルなど今となっては「当たり前」か「問題ではなくなってしまったもの」を扱いながらも作品が古びたように感じないのは、書かれた当時の問題/科学は話のとっかかりであって、常にバラードがその先にある本質を掴もうとし、神話的世界を構築していたからかもしれない(『ハイ・ライズ』なんて高層住宅が舞台とはいえほとんど異界そのものだったし)。状況設定そのものが抜群にエンタメとしておもしろいというのはあるけれど。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
全5巻予定なので、これから先まだ3巻も新訳、初訳交えながら楽しめるなんてたまらんなあ。2017年にもなって、こんなに楽しみに待てるのも凄い。歴史的な評価、重要性などいろいろあるだろうが、いまなお抜群におもしろい作家/作品である。