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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

廃棄指定済みのコロニー、息苦しさの中で生きる狂人達──『屈折する星屑』

屈折する星屑 (ハヤカワ文庫JA)

屈折する星屑 (ハヤカワ文庫JA)

江波光則さんによる『我もまたアルカディアにあり』に続く、早川から刊行される文庫の二冊目になる(話にまったく関連性はない独立したもの)。これがまあ、濃縮還元江波光則みたいな感じですごくファンにはおもしろい。以下簡単に紹介してみよう。

簡単なあらすじとか世界観とか

物語の舞台は火星と木星の中間地点に浮かぶ廃棄指定済みの円柱型コロニー。コロニーにはなぜか資金があり、住人らはあまり働かなくとも生きていけるし、頑張って働いてもたいした利益は得られない。ジリジリと人口は減少しつつあり、進歩もなければ大きな変化もなく、いずれダメになるだろうという予感を抱えながら生きている。

そんな中、特に若者は、当然のごとくその鬱屈した生の向け先に困っている。何をすることも意味のない倦怠感。その結果として生まれたのが、ホバーバイクにまたがって人工太陽めがけて疾走し、煽ってくる相手を蹴散らしながら熱を持たない人工太陽にハイタッチする(時折そのまま人工太陽に激突して死ぬ)退廃的な遊びである。

頭上を見上げれば大地があり、眼下を見下ろせば地面がある。
金属の円筒に閉じ込められた内側の閉鎖空間で、俺たちは息苦しく生きている。
成層圏を飛ぶと同時に垂直降下を繰り返す。飛び上がり飛び降りる。
俺たちは死ぬまで自殺未遂を繰り返す。
死ぬまでだ。

語りの主である主人公ヘイウッド君は、この息苦しいコロニーで、それでもなんとか生きていくため、こうしてギリギリのところまで"死"に接近するフライトを繰り返している。仲間たちが何人もいるけれども、冒頭の一文が『俺たちはもちろん正気だなどと自惚れていない』で始まる様に、彼らは皆どこか狂ってしまっている。

ちなみにヘイウッド君の名前はデヴィッド・ボウイからとられているのだろう。僕は最近デヴィッド・ボウイがミュージシャンであることを知ったぐらいなので、彼についてはなんにも知らないに等しいのだが、本書の書名(と幾らかの世界観)も五作目のアルバムである『ジキー・スターダスト』からの引用っぽい(当初邦題が「屈折する星屑の上昇と下降、そして火星から来た蜘蛛の群」だったようだ)。

乾いた鬱屈

話を戻すと、ヘイウッドの恋人であるキャットの存在や、火星から戦争を嫌って亡命してきた元軍人のジャクリーンの登場、人口減少の続くコロニー、千年生き、地球から来たと自称するアンクルアーサー、見捨てられた場所に迫りつつある"戦争"の足音など複数の条件が重なって、ただでさえ鬱屈度1000%みたいな状態から始まる物語なのに、終わる頃には鬱屈度2万%ぐらいまで急降下/急上昇していってしまう。

江波光則という作家が描く物語は、その舞台が現代だろうが遠未来だろうが近未来だろうが大抵人々は鬱屈しており、世界は暗く、人間関係は良いとはいえない状況から始まるのだが、同時にあまりジメッとしておらず、乾いた鬱屈がある。そうした指向は、ディストピアSFやこうした息苦しいコロニーを描くには抜群に合う。

その全てが合わさったような本作は、もうどのページを開いても鬱屈した人の思い、息苦しい情景、そこからなんとかして抜け出したいと足掻く、乾いた情熱/熱量に溢れていて、THE・江波光則みたいな一冊に仕上がっている。

取り残されていく寂寥感

 もし仮に、歳と共に消えていくのではなく、残り続け燻り続け、それでもみんな大人になると共に背負うものができてしまって「妥協」しているだけだとしたら。飛びたいのに飛べないのだ。太陽に近づき飛び込んで死にたかったのに、死ねない。挙句地上でくだらないしようもない死に方で死んだりもするのだとしたら。
俺が思うに、そんな人生はただの地獄でしかない。

これはヘイウッド君の独白である。若い、若いねーと思うけれども実際問題少年なのだから若いのだ。最初は彼の周囲にも、彼と同じように考えている人間が多くいる。しかし時が経つにつれて、一緒に「降りる予定はねえよ」と笑い、狂って太陽に突撃していた仲間たちもだんだんと、子供が産まれた、薬をやりすぎた、あるいは突然バカバカしくなった──いくつもの真っ当な理由をあげて、彼の前から消えていく。

そうやって一人一人見送るうちに、気がついたら日が暮れて一人公園に取り残された子供のように愕然としてしまっている。この物語に通底するのはそうした"取り残されていく者の寂寥感"、そしてそんな中でヘイウッド君は"いったいどこまでいけるんだ"という狂気──その行末への期待感である。果たしてヘイウッド君はいつしか正気に返ってしまうのか。はたまた、狂気とも正気ともつかない第三の道があるのか。

後半、とある事情によって極度に荒廃していくコロニー、その風景と、取り残されていく彼の心情がシンクロする。彼がもたらす最後の帰結は、極度に鬱屈しながらも同時に爽快感の残る、素晴らしいものだ。

おわりに

『我もまたアルカディアにあり』とあわせて、江波光則入門的に渡したい一冊である(入門篇にちょうどいいというよりかは、あまりに色が濃いこの二冊がダメだったら他のもダメだろうなという試験紙的な意味で)。余談だけど最初設定から雰囲気まで森博嗣『スカイ・クロラ』やんけ! と大興奮だったけど終わってみればぜんぜん違う方向へと舵が切られていてこれはこれでたいへん満足でした。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp