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バラード×キング×ラヴクラフト──『時間のないホテル』

時間のないホテル (創元海外SF叢書)

時間のないホテル (創元海外SF叢書)

二作目でこんなの書いちゃってどーすんの

本書は本邦初紹介のイギリス作家、ウィル・ワイルズの二作目の作品にあたる。つまりそのキャリアにおける初期の作品ということになるが、これが、バラードからキングまで傑作揃いのホテル物、建築物の作品にひけをとらないぐらいにおもしろい。

ホテルについてさまざまな角度──建築的視点、客の視点、運営側の視点、それらを総括する社会学的な視点の描写からしてもう抜群におもしろく、謎が謎を呼び恐怖と好奇心を喚起するストーリーテーリングの手腕はキングを引き合いに出すのも納得という程に洗練されている。二作目でこんなん書いてどーすんだ! って感じだ。

簡単なあらすじとか

『時間のないホテル』と、書名にあるように基本的にはホテルの話である。

主人公のニール・ダブルは珍しい職業といえるイベント代行業者であり、その関係上ホテルに泊まることが多いのだ。これがどんな職業なのかといえば、ようはどんな職業でもパーティ的なイベント、コンベンションというものがそこら中にあるわけだが、わざわざ移動して話を聞いて、さらには酒を飲んで交流して名刺を渡すというのはなんとも大変である。あるいは、大変でなかったとしても時間の無駄である。

でも、もちろん交流も情報収集も大事だ。そこでイベント参加代行者が現れる。その人物に依頼をすれば、依頼を受けた人間は情報をせっせと集めてレポートにまとめてくれるし、名刺を預ければ自分の代わりに交流までしてくれるのである。その上、そうした代行を何十人分も同時に請け負うので、費用も格段に安く済む──。参加者が多いほど好ましいイベント開催者以外はウィンーウィンの関係といえるだろう。

そうやっていつものようにイベントを代行するために現地に向かい、ホテルにチェックインしたニール・ダブルに不可思議な出会いが訪れる。彼がバー架けられた絵の写真を撮る赤毛の女性に「なぜ壁の絵を写真に撮っているんですか」と話しかけたところ、彼が宿泊するウェイ・イン・ホテルに存在する不思議の話が語られるのだ。

なんでもウェイ・インのホテルには各部屋に、それぞれ固有の、印刷ではない抽象画が割り当てられている。しかしウェイ・イン・ホテルはチェーンのため世界に500軒以上あり、部屋は100を超えていることを考えると、少なくとも絵の総数は10万枚を超えると予想できる。それだけの抽象画を、どうやって集めているのか? それ以前の問題として、なぜ彼女はその絵の写真を撮って回らなければならないのか?

彼女曰く絵は工業製品であり、これを理解したいのであれば全体像を把握しなければならない──として、ホテルと女性の謎を追うのが第一部(全三部作)である。その部分だけ読むと「創元海外SF叢書から出ているのにSFじゃないやんけ!」と思ってしまうが、物語は第二部に至り、彼が眠れぬ夜を過ごすためホテル内を考え事をしながら闊歩する時にこのホテルに潜む異常性/不条理の一端が明らかになる。

ホテル、その特性を異界として抉り出す

なぜなら彼がホテルを歩き続け、無作為に曲がっても終点につく気配がない。喋り声も少なくなり、ドアの外にある配膳も姿を消していく。何かがおかしい、と思い進んでいくが、方向感覚は完全に消失し、進む道順的に本来なら数字が減っていくはずの部屋番号がなぜか増えていたりする。いったいここで何が起こっているのか?

本書が抜群におもしろいのは、普通のホテルが持っている特性が、こうしたウェイ・イン・ホテルの異常性にそのまま接続されているところにある。著者は建築関係のライターとしての仕事もこなしているというが、その経歴を活かすようにしてホテルについての言及がさまざまな場面で行われ、それがプロットに結びついていくのだ。

「ホテルにチェックインした客は、ただちに一定の行動パターンにはまってしまう。そしてそのあとは、同じことをくり返すだけになる。部屋を出たかれらは、まっすぐエレベーターや階段に向かう。なぜなら、逆の方向に行く理由がまったくないからだ。行ってみたところで、いったいなにがある? ドアを閉ざした客室がつづき、あとは非常口があるくらい、こうしてホテルのほかの部分は、存在しないも同然となっていく」

「ホテルのデザインというのは、外観も内部のレイアウトも、最初からある程度決まっている。わたしが建築場所を選定し、だいたいの規模と部屋数を推奨すれば、あとは既成の設計パターンのなかから適当なものを選ぶだけで工事がはじまる。その国の法規に従って、看板の大きさや正面部分の色を微調整することはあるかもしれない。だけどそれ以外は、どのホテルも判で押したように似かよっている」

画一化した行動をとる客、画一化された外観/内部構造の設計、客には一切気づかれずに絶対に開かないドアをつくることのできるホテルの構造。無数に存在する特性を活かして、ある種の"異界"と化されたホテル。その異常性に気が付いたのが、ニール・ダブルや絵画を追う女性のような"特別な事情でもってホテルに泊まり続ける客"であったのは必然であった──というプロットの流れは、非常に美しい。

意味もなくホテルに泊まりに行きたくなる小説

ニール・ダブル君はまた、ただの職業的な義務感からではなく、幼き頃からホテルに泊まることに特別な魅力を感じ続けてきた人間でもあるので、その語りにはホテルへの愛情と批評性が詰め込まれている。『ぼくは、ホテルの客室で目を覚ますのが大好きだ。たしかにホテルの客室なんか、どこへ行っても似たようなものであろう。しかし、人びとをげんなりさせるその画一性に、ぼくは逆に大きな喜びを感じる。』

こうした魅力的な語りが連続するおかげで、読み終えたときにはついつい読み終えた時にはホテルに泊まりたくなってしまった。後半の展開も含めて、ここで描かれていくホテルの魅力も、またその恐怖も、現実から地続きのものなのである。

おわりに

果たして、ホテルはどのような状態になっているのだろうか? 時間のないホテルとはどういう意味なのか? 著者は本作のことを『J・G・バラードが書き直した『シャイニング』』と言い表しているようだが、まさにバラードの建築への向き合い方を踏襲しながら、不可思議な謎が恐怖と好奇心と共に物語を牽引し、謎の多くが明らかになったあとはまた別種の展開をみせ(解説の若島正さんもラヴクラフトなど無数の作品を挙げながら本書を評している)、と一冊で二度も三度も美味しい作品である。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
東京創元社から先日出たばかりの G・ウィロー・ウィルソンの本邦初紹介作品である『無限の書』も大層よいできだったし、新しく翻訳紹介される作家らの作品がどれもおもしろくて最近ほくほくしている。