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歯止めなき内戦、その実態──『シリアからの叫び』

シリアからの叫び (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズII-15)

シリアからの叫び (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズII-15)

シリアの国情は長い期間にわたって荒れ狂っている。

ことの発端は2011年。2010年に起こったアラブの春を端緒として過激化した反政府運動と、それに対抗するアサド大統領に率いられた政府軍によって内戦が勃発。ジリジリと進まない市街戦、非人道的で歯止めのかからない拷問、市民へのレイプ被害、先日は、化学兵器を用いて多数の被害者を出したとして、アメリカ軍がシリア政府軍の施設にミサイルを放つなど、状況はより複雑化し、収まる気配をみせない。

シリア人権ネットワークによると、シリア難民は583万人を超えたという。一体なぜこれほどの内戦が起きてしまったのか。そこで暮らす人々は何を考えているのか。本書はそうした疑問に答えるべく、2012年に著者がシリアで行った取材をまとめた、渾身のルポタージュである。ジャーナリストだけを数えても94人もの犠牲者が出ているシリアなので、ただでさえ命がけの取材内容を、見事な筆致で描き出していく。

レイプ、拷問

無数に取り上げられていく声の中でも深刻なのは市民へのレイプ/拷問被害である。レイプは結婚するまで処女であることが求められるイスラム教の女性にとっては、結婚が不可能になり社会的に孤立する可能性がある(実際、レイプ被害により結婚を断られた女性が証言している)など通常よりも深刻な状況に繋がる可能性が高い。

また、政府軍に捕らえられていた男性の証言では、メスで腹を開き腸を切られ、肺に穴を開け潰されるなど、想像を遥かに超える拷問が行われていた事実が浮かび上がってくる。反体制側に協力していたとはいえ、武力を持って行動していたわけではないのにこれほどの拷問を受けるのである。ちなみにこの証言者は、医師が偽の死亡診断書を書いてくれたことで逃げ出し、ぎりぎり生きながらえることができたとか。

一センチ一センチ進んでいく

市街戦が発生している近辺への取材では、政府軍も反政府軍も、もちろん市民も疲弊しつくしている様が描き出されていく。何しろ市街戦では戦況が膠着しがちであり、スナイパーが一日中銃弾を応酬しあい、建物を一軒一軒、道路を一本一本じりじりと制圧する/される苦しい戦いが続く。極度に長い時間、死が隣にある退屈な日々。

『「ひとつの建物を占拠するには何時間も、何日もかかるんだ」リファフは低い声で呟いた。「こんなふうに戦いは進むんだ。こっちが一センチ進むと、あっちは一センチ下がる。あっちが一センチ進むと、こっちは一センチ下がる」』とは政府軍兵士の弁。こうした市街戦が起こっているすぐ近くでも、戦時シフトで働き、子を育て、買い物に出かけ、学校を開き、たくましく日常を成立させようとする人たちもいる。

「でもわたしのような中立の者もいるから、なんとか仲良くやっていけるのよ。みんなうんざりしてるから近所づきあいはいいの。あなたはホムスが戦場だと聞いているでしょう。でも、爆弾と暮らすことを学んでいる人たちがいるってこと、知らないでしょ」

TwitterなどのSNSで誰でも自分に起こっていることを発信できる時代だが、こうした"戦場"とみなされている場所で営まれている、そのリアルな実情は、著者のようなジャーナリストがいなければなかなか表に出てこないものだろう。

おわりに

本書でシリアの実情を知ったところで、われわれに今すぐできることは多くはない。しかし、歯止めの利かぬ争いがどれほどたやすく起こりえるのか。政府側・反政府側を問わず、非人道的な拷問が当然のことになっていく過程。そこでどれだけの不幸が生まれるのかという、"内戦"──その実態を、本書は心底まで実感させてくれる。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp