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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

感情がどのようにして利益をもたらすか──『愛と怒りの行動経済学:賢い人は感情で決める』

愛と怒りの行動経済学:賢い人は感情で決める

愛と怒りの行動経済学:賢い人は感情で決める

感情的な選択をとる人間は愚かで、理性的であることが人間の理想なのだ──というのが一般的な考え方としてある。しかし、必ずしもそうといえるのだろうか? 感情や直感に基づいた選択って意外と正しいことも多いんじゃない? 感情が持つ効果ってどんなもの? というのを無数の研究から導き出してみせた一冊である。

感情や直感に基づく決定は、考えられる結果や影響を綿密に分析してから出した決定よりも、ずっと効率的な場合が──しかもすぐれている場合が──多い。

しかし、"感情や直感に基づく決定が効率的な場合がある"というのはそれこそ直感に反している。基本的には熟考したほうが効率的なようなきがするのだが、著者の専門分野であるゲーム理論と行動経済学分野の研究成果から、感情的に行動することの利益を客観的に導き出すことが可能になってきたという。事例をいくつか読んでいくと、たしかに感情的に行動した場合が有効なパターンもあるなと思うようになる。

感情が利益になる例

感情が利益になるわかりやすい例からまず挙げると、行動経済学でもよく出てくるコミットメントがある。コミットメントとは、たとえば、売り手と買い手が値段交渉をしている場面で、一方が他方に対してたとえみずからが損をしようとも絶対に折れることはないと信じ込ませることができれば、交渉上有利に立てることをいう。

たとえば、タクシーが余計な道を通ったとか、理由はなんでもいいが、相手に対して訴えるぞ! と脅しをかけるときに、わざとであっても怒りの態度を見せることで(普通そんな状態で訴えても手間ばかりかかって利益なんかなく、合理的な人間なら絶対にしないだろうけど)こいつは本当に実行するかも、と信じ込ませる確率は上がる。これは感情的な行動(合理的な感情発露)が利益になる例といえる。

もう少し複雑な例をあげよう。あなたは100ドル与えられ、「独占」か「寛大」かのどちらかの行動を選ぶように言い渡される。自分が寛大を選び、相手が独占を選んだ場合、自分の100ドルは全て奪われる。二人とも独占を選んだら、どちらも実験者に50ドルを返さねばならず、逆に二人が寛大を選べば追加で50ドルが与えられる。この場合、金銭的な報酬を最大化したいのであれば、取るべき選択肢は独占だけを選ぶことだ。これで最低でも50ドル、最大で200ドルを得ることができる。

しかしそこでこのゲームに感情の要素を入れてみることにする。たとえば相手が寛大を選んだ時に自分が独占を選んだら、申し訳なく思う。その感情にマイナスの価値を決め、それを100ドル失うのに等しいとする。逆に、相手が独占を選んだのに自分が寛大を選んだ場合も、屈辱感と怒りで100ドルの損失に等しいと決める。ゲームに参加している二者が二人とも同様の感情的反応をすると仮定すると、独占を選んだ時の最善の結果は200ドルの報酬だったが、この場合は100ドルになる。

そうすると、寛大を選んだ時の最善の結果である150ドルを下回るので、二者のプレイヤーがともに寛大を選んだ時が新たな均衡となる。結果的に、感情的な判断をするプレイヤー同士(あるいは片方が感情的な判断をする)の方が、感情を介さない合理的な思考をする人間同士がゲームをプレイした時よりも見返りが大きくなる。

『ごく簡単に言えば、感情が存在すると、たとえそれが怒りややましさといった負の感情であっても、どちらのプレイヤーにとってもよりよい結果をもたらしうるということだ。』──とはいうものの、仮に怒りや申し訳無さを客観的に数値化できたとしても二者間の数値が一致することはありえないので、これは仮定に仮定を重ねたシュミレーションにすぎない。が、ひとつの指標としてはおもしろい結果である。

もう一つ別の例をご紹介しよう。貴方はどこかに一週間の旅行にいって、現地のレストランに毎日通うとする。そこで貴方はウェイターにチップを払う(チップを払う文化圏なのだ!)。チップを払えば、次の日ウェイターのサービスは良くなり、チップを払わないと報復を受ける(サービスが悪くなる)と仮定する。この場合利益を最大化する戦略は滞在最終日のみ払わないことになる(次の日はもういないから)。

だが、ウェイターが合理的な人間だと仮定すると、いつかはわからないが客はチップを置かずに帰る日がくることがわかる。そうすると囚人のジレンマにおける、しっぺ返し戦略(前の回で相手が取った手段をやり返す)や、グリム・トリガー戦略(基本は協力を選び、相手が一度でも裏切ったら以降裏切り続ける)における"やり返す"手段が無効になるので、均衡は存在せずぞんざいなサービスを行う可能性が高くなる。

そこに感情要素──たとえば、客は行ってもらったサービスに対して満足してチップを払い、チップに対して満足したウェイターは翌日お返しをする(良いサービスをする)、感情的な行動を想定すると、最終日であっても客はチップを払うし、ウェイターは客が最終日に払わないとは想定しないので、容易く双協力の均衡に達する。

これは合理性よりも率直さが有利になる例といえるだろう。まあ殆どの人は計算的にというよりかは極自然にこうした行動をとっているんじゃなかろうか。

おわりに

本書では他にも"感情的"、もしくは"合理的ではなく、あくまでも率直に"行動した場合、経済合理的に行動する場合よりも大きな利益が得られる状況が挙げられていく。全体的に恣意的な仮定が多い(感情というものを通常よりも広くとらえており、便利に使われすぎている)と思うけれども、感情的(単純さ、率直さ)に行動することが利益になることも多いよ、という結論に、ある程度納得できる内容には仕上がっている。

ちなみに一冊まるっと感情にまつわる行動経済学の話かと思いきや後半は進化論の関係する研究成果(男女の性的行動/戦略が大きく異なるのは何故か、なぜ性は二つであって、三つじゃダメなのか)、などなど)を小ネタ集的に集めており、こっちはこっちでおもしろいんだけれども一冊の本としてみるとまとまりに欠けるのが残念。

行動経済学からの観点も進化論からの観点も人間の意思決定プロセスについて論じている点で一貫性はあるとはいえるが、そんな感じの本なので興味があればどうぞ。