基本読書

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笑ってしまって読み進まない──『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』

鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。

鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。

本書は一言でいうと鳥類学者による研究生活をつづった鳥エッセイ集なのだが、これがまあ異様におもしろい。鳥類学者として著者がしてきた研究内容、体験談がそのまんまおもしろいのはもちろんだが、それ以上に文体がエキセントリックである。

 霧の中に点々と鳥の死体が落ちている。日常生活では、鳥の死体は反物質と対消滅してしまうため目にする機会は少ないが、南硫黄島には反物質がないので消滅しない。それどころか、ネズミやカラスなど死体を食べる脊椎動物もおらず、死体はゆっくり分解される。よく見ると、蔓や枝にも死体が引っかかっている。生体よりも死体が好きな私には、天国のような地獄絵図である。多産される死体は豊かな自然の証拠だ。結構結構。

一段落に一つはネタが挿入されており、時には鳥そっちのけでずっとネタを撒き続けている。一段落がだいたい1〜2ツイートぐらいの分量であることも相まって、大量のネタツイートを読まされている気分になる。笑ってしまって今なんの話をしていたのだがすぐにわからなくなるし、読み進まない。笑える学者エッセイというと土屋賢二さんが思い浮かぶが、土屋さんは自虐エッセイの極みであり川上さんは自他をネタにしながら漫画・ゲームネタを無尽蔵に投入していくフリースタイルといえる。

調査地が消滅し、頭に虫が入る。

まあとにかく笑えておもしろいんですよ、とそこで話を終わりにしてしまってもいいぐらいなのだが、内容の紹介も簡単にしておこう。日本鳥学会の人数は1200人ほどらしく、要するに専門家が少ないのもあって鳥類学者の日常に触れる機会は少ない。そのため出てくる話題のひとつひとつが新鮮で、笑いを抜きにしても充分におもしろい。たとえば、研究をしているうちに、時折調査地が消滅することがあるという。

 研究をしていると、たまに調査地が消滅する。私の調査班が、焼き畑で灰燼に帰したこともある。友人の調査地が、崖崩れに没したこともある。そして今回、鳥の生物相の謎を解く研究計画は、みるみる溶岩に飲まれていく。国内に2ヶ所しかないオオアジサシ繁殖地の一つは、すでに跡形もない。

何がどうなったら調査地が消滅するの? と思うかもしれないが、噴火によって新しい島が出来ることがあり、既存の島の近くで起こった場合は溶岩に飲み込まれて消えてしまうことなどがあるのだ。僻地に生息する生物を調査対象とする、生物学者ならではの悲劇ともいえるが、本書ではこのあとNHKの調査班に同行して島の生物相の様子を観に行く著者の体験談が描かれていて、そちらもなかなかに感動的である。

著者のメインフィールドは小笠原諸島なのだが、その調査記録は楽しそうだな、と思わせられる部分も多い。無人島へおもむき、動植物が生い茂る中調査をして回るのは、まるで冒険のようでちと羨ましい。ただ、読み進めるうちに、夜間の休憩中に突如頭のなかに虫が入ってきて頭がガンガン、バタバタ、ギチギチする時の描写などが出てくると「うわあ、絶対無理だわ」と思わずにはいられない。恐ろしさの極みのような事態だが、著者の文章はネタにまみれていてそっちには感動してしまう。

 いずれ鼓膜を突破し脳に侵入され、私はモスマンに成り果てる。ミュータントモスが腹を食い破り人類を恐怖のドン底に叩き込む。不吉な未来に怯えながら夜明けを待つ。長く戦いすぎて蛾と友情が芽生えてしまうかと不安になったころ、朝日の中に迎えの船が現れた。

モスマンに成り果てるっていったい何なんだ笑 この驚異的な発想力と、文章の圧倒的なリズムの良さよ。本当にただの鳥類学者なのだろうか。にわかには信じがたい。

生態系を保持する。絶滅危惧種を復活させる。

こうした調査探検記の部分も抜群のおもしろさだが、既存の生態系を破壊する外来種を殲滅したり、絶滅危惧種を保護したりといった活動もなかなかにおもしろい。たとえば小笠原諸島に生息する通称「アカポッポ」が絶滅しかけている(総数30〜40羽だったとか)ということで、著者含む120名が対策を練り、実行に移す。

最優先となるのは鳥を虐殺するネコ(これも外来生物)の駆除で、まず重い金属製の罠を担いだ駆除部隊が毎日山奥まで見回りをする。その他にも動物園での飼育技術の確立、生息環境を改善する外来植物駆除事業の実施など必要とされる準備は膨大で、一つの消えかけた生物を再び増やすのがどれほど困難か、その一端が理解できる。

また別の場所では、ミズナギドリを保護するためにネズミ駆除作戦が展開される。ミズナギドリは地中で営巣し、しかも動きが遅いのでネズミといえども襲われたらひとたまりもない。結局、殺鼠剤の空中散布によって根絶宣言がなされたが、ネズミは意外としぶとく、短距離(クマネズミで1kmぐらい)であれば海を泳いできてしまうらしい。ネズミって1kmも泳げるんだ!? とびっくりしたが、つまり一度ネズミを根絶しても1km〜2km以内の他の島から泳いできて、また繁殖する可能性があるのだ。

その上、ネズミのような生物の場合生態系の中でまた別の鳥類の餌となっていて"新たな生態系"を担っている可能性もあり、単に駆除していいのか(駆除することで別の鳥が生存できなくなるのではないか)という視点も必要になってくる。生物相手は計算通りにいかないことの連続で、読者としては(たぶん、研究者も)それがおもしろいところだが、研究するのも保護するのも一苦労だろう。

おわりに

ざっと紹介してきたが、何しろこうしたエピソードの一つ一つを語るのにその十倍以上のネタが投入されていくのでためにもなるし笑いもとまらない。というか、笑っているうちに何が語られていたか忘れてしまってもおかしくはない。そうなるともう何のための笑いなのかもわからないが、とにかくおもしろいのでいいのだろう。

本書には他にも鳥の糞を調べて(鳥は咀嚼せず丸呑みするので、糞として排出されるまでの時間生き延びればワープできる)、生きた生物がいないかを調査したり(実際、カタツムリの15%が生きたまま見つかった)やたらとおもしろい研究/実験成果が目白押しなので、別に笑いたくなんかないという硬派な鳥好きにもオススメである。

鳥類学者 無謀にも恐竜を語る

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