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ケン・リュウの第二短篇集、信じがたいくらいにおもしろい──『母の記憶に』

母の記憶に (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

母の記憶に (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

ケン・リュウの第一短篇集『紙の動物園』は作品水準としても異様にレベルが高く、各所で話題になり評価も上々。ただ、日本オリジナル編集だったこともあって(傑作だけ選り好みでいるし)、続きが出たとしてこの水準を維持できるのか疑問に思っていたが……この第二短篇集である『母の記憶に』を読んで、その心配は吹き飛んだ。

何しろこれがもう信じがたいぐらいにおもしろく、読み始めたら止まらずに最後まで読み切ってしまったのだ。全16篇、長い作品もあれば短い作品もあり、500ページを飽きさせずに読み切らせるとは並大抵の筆力ではこうはいかない。個人的には完全に前作の水準を上回っている。半分以上の作品は書かれた時系列的に『紙の動物園』時以降の作品が収められていることもあって、技量の円熟もあるのかもしれない。

中国で生まれ、現在アメリカで暮らしている著者の経歴を存分に活かした多国籍な文化と歴史が入り乱れる独特の作品もあれば、鮮明なアイディアを元にまとめあげる作品あり、わりと使い古されたアイディアをケン・リュウ流に描写した作品もあり(それがきちんとおもしろい!)、とにかくその自力の高さを実感する一冊となった。

紙の動物園 (ケン・リュウ短篇傑作集1)

紙の動物園 (ケン・リュウ短篇傑作集1)

というわけで第一短篇集を読んだ人は必読だし、そうでない人にも本書からオススメしたいぐらいだ(とはいえ、その場合はやっぱり文庫の方が安いし良いだろう)。以下、本当は全作紹介したいぐらいにどれも独特で、なおかつ好きなのだが、一作一作語り始めるとキリがないので個人的な偏愛もこめて何篇か紹介してみよう。

鳥蘇里羆

まず絶対に外せないのが本書でも最初に収録されている「鳥蘇里羆」。特殊な機械化技術が進んだ別の歴史を進んだ1907年の満州を舞台とし、身体の一部を機械化した日本軍の男とウスリーヒグマ(600キロを超える)の戦いを描く。人間vs熊!

時計じかけ⇛電気駆動⇛蒸気タービンで動く腕、と技術レベルと共に動力が移り変わる独特の技術変容の素描も素晴らしいが、そうした技術が「熊狩り」「1900年代初頭の激動の時代」「獣と機械」というプロット/テーマと組み合わさると古さと新しさの共存した、「良い狩りを」などにも見られた独特の読み味に繋がってくる。

獣と機械がたがいに突進し、雪のなかでぶつかった。爪が金属の表面をこする耳障りな音がし、同時に熊の荒い息と馬のボイラーから発せられる息んだいななきが聞こえた。二頭はおのれの力を相手にぶつけた──かたや古代の悪夢、かたや現代の驚異。

無数の読みどころがある本作だが、個人的にはもうこうした描写の素晴らしさだけでお腹いっぱい、胸いっぱいになれる。本書の中でも特にお気に入りの一篇だ。

草を結びて環を銜えん

「草を結びて環を銜えん」は1645年の中国揚州を舞台に、クレバーで心優しき遊女と、雑用係雀の運命を描く。史実ではこの年、揚州では清と南明の戦闘により大規模な虐殺が起こっている。本作の主人公らはそこで重要な役目を果たすわけではないが、彼らは"小さな英雄として"生き、物語を後に残すことで真実を伝えようとする。

封印される歴史と、フィクションとして残る"真実"の物語。後半収録の「訴訟師と猿の王」も同様の主題を扱っているが、どちらも異なる雰囲気で素晴らしい出来。

重荷は常に汝とともに

人類は地球以外に高度な文明を持つ惑星ルーラを発見、しかしそこで産まれた文明は人類が遭遇する前に100万年以上前に滅亡してしまっていた……。物の考え方や捉え方、概念の持ち方が異なる可能性のある生命体と人類が持てる"共通項"は何なのか、といったとっかかりから文明を解釈していく"地球外考古学"のアイディアと、100万年残るものは何なのかなどディティールの書き込みっぷりが豊かでおもしろい。

レギュラー

人知れず何らかの基準によって売春婦を殺して回る一人の男と、依頼を受け殺人事件を調査することになる私立探偵ルース・ロウ(49才、女性)の戦いを描く探偵譚「レギュラー」。"調整者"と呼ばれる感情や思考の抑制技術、身体の一部が機械化されハイパフォーマンスな身体能力を誇るルース・ロウ、事件の真相にも最先端技術が関わっているなど、SF探偵譚として珠玉の出来。機械化されたおばさんによるぶっ飛びアクションも相変わらず最高で、これは本書の中でも特にお気に入りの一篇だ。

ループの中で

軍事用ロボットが敵に発砲するさいに、巻き添え被害は当然起こりえるリスクである。では、それをプログラムした人間はどのような責任、心理的負担を負うのか。「ループの中で」はそうしたロボットの倫理プログラムを構築する女性を中心とした一篇。子供は巻き添え対象として高い評価を与えられている=攻撃対象外になりやすいので過激派が子供を戦闘に使うようになるなど、描写のリアリティが素晴らしい。

状態変化

産まれた時に身体とは別に命の源泉たる「魂」が何らかの形をとる特殊な設定が加わった世界を描く「状態変化」。たとえば物語の主人公リナは産まれた時"アイスキューブ"が魂として出現し、「お気の毒です」と母親は医者に言われてしまう(魂は肉体と離すことができず、氷は保持するのが困難だから)。実際問題お前の魂は氷だ! と言われたら「や、やり直させてくれーーーー!!」と絶望するよね。

この設定がまず素晴らしいが、必死に毎日氷を溶かさないように生活するリナの描写がやけにおもしろいし、彼女が不平不満を漏らすのではなく自分の運命を受け入れ、あくまでも現実的に現実へと対処していくそのスタイルもたまらなく好ましい。で、他の物が魂の人たちの生き方も入り混じりながら(たとえば、タバコとか)タイトルである"状態変化"に収束していく流れがあまりにも見事。最高、素晴らしい!

細かくいろいろ

「残されし者」はケン・リュウ自薦の一篇で、シンギュラリティ以後にアップロードされ現実から消えていく人類、その状況を取り残されていく人類側から描く。去っていく者達への恩讐と生身ある生への執着といった描写の凄まじさが光る。"予知視"の能力者が悪役として覚醒していく様を描く「カサンドラ」はいわゆるスーパーヒーロー物なのだが、悪役の理屈の展開がスマートかつ破壊的な一篇。ラストには震える。

「万味調和──軍神関羽のアメリカでの物語」は関羽の物語が中国移民の物語と並行して語られ、"中国人"から"アメリカ人"へと変容していく物語。著者の来歴とあわさってジーンときてしまう。「『輸送年報』より「長距離貨物輸送飛行船」」は飛行船が主な輸送手段になっており、空を飛行船が飛び交っているちょっと変わった世界の夫婦の物語。プロットがどうこうというより、特異な風景が心地よい絶品。

おわりに

特にお気に入りをあえて3つに絞るなら、「鳥蘇里羆」、「ループの中で」、「状態変化」かなあ。状態変化ってそこまで評価が集まる作品ではないような気もするんだけど、異常に好きなんだよね。「レギュラー」もどうしても入れたいし、結局そんなこといっているとアレもコレもと止まらなくなってしまう。近年稀にみる傑作揃いの短篇集なので、本当におもしろい短篇が読みたいのなら他の何をおいても読むべし!

もののあはれ (ケン・リュウ短篇傑作集2)

もののあはれ (ケン・リュウ短篇傑作集2)

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