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知を守るための戦い──『アルカイダから古文書を守った図書館員』

アルカイダから古文書を守った図書館員

アルカイダから古文書を守った図書館員

西アフリカに位置するマリ共和国には、トンブクトゥという都市がある。日本人からすると奇妙な名前のこの場所には、最古のものだと、町が成立した12世紀頃まで遡ることができるかつての文化を伝える貴重な古文書が何万点も所蔵されている。

それには、トンブクトゥが元々学問の盛んな土地だったことが関係している。14〜15世紀頃の話だが、まずはアリストテレス、プラトンといった哲学者らの著作から、代数、三角法、物理学、科学、イスラム法学とその内容は多岐に渡る外国の書籍を書家が丁寧に書き写し、それが富裕層や学者たちの書棚に並ぶ。そうやって異国の書物がアラビア文字で記され、写されていくうちにこの地には科学者や哲学者の数が増えていき、それでますます大量の書物が集まっていくことになる。

 トンブクトゥの書物のなかでも異彩を放っているのが、『女性との性生活に関する男性への助言』と題した一冊だ。これは催淫剤や不妊治療薬について手ほどきをし、一緒に眠らなくなった妻をベッドに戻す方法を教授するという内容である。女性の性的感情の問題が西洋でほとんど顧みられていない時代に、この本は男女双方ともが性の喜びを最大限に高めるための秘訣を伝えている。

上記引用部にもある通り、古文書の数々は当時のイスラム文化圏がどのような考え方をし、文化水準を持っていたのかといったことを伝える、力/価値を持っていたのである。しかしそんな書物文化も、フランスが北西アフリカで支配の基盤を固めるにつれ、なりをひそめるようになる。トンブクトゥを訪れたフランスの軍人らが古文書を持ち帰ったからで、それがフランスの図書館などに散らばっていく。

結果として、マリでは、住民が本をいたるところに隠すようになったという。カバンにつめて土にうめる、誰も行かぬ洞窟にしまいこむ、書庫の扉に泥を塗って完全に閉じてしまう。そうしていると次第にマリでは公用語としてフランス語が教えられるようになり、アラビア語が離せなくなり古文書の価値も忘れられてゆく──。

アブデル・カデル・ハイダラ、奮闘す。

とまあそんなところで動き出すのが本書の主人公ともいえる、アブデル・カデル・ハイダラである。彼は父の死をきっかけとして、自宅と先祖伝来の家にある5万冊近くの書物の管理人を引き継ぎ、サハラ以南がかつて素晴らしい文化を誇っていたことを証明するために古文書などを集め、展示するアフマド・ババ研究所の調査官として働くことになるが、ここから彼の異常ともいえる快進撃が始まる。

これまで、各地を回って古文書を集める8名の調査官が10年で2500冊の本しか集められなかったのに対し、彼は調査する範囲を広げ、やり方もまったく変えて、1年で同じくらいの冊数を手に入れたのだ。それで終わらず、取り憑かれたように書を集め続け、さらには私設図書館として自分の家の書を展示し、管理するために資金提供を訴えかけ、それを見事達成し──とほぼ独力でトンブクトゥを知が栄え、研究者や外交官、観光客などが集まる土地へと作り変えてゆく。

書を集め続けたハイダラと、希少な書の力による成果ではあるが、それを5世紀以上に渡って蓄え、秘匿しつづけてきたこの土地の力であるともいえるだろう。

トンブクトゥの古文書、再度危機に瀕す。

幾度も危機に瀕しながらもしなやかに復活を遂げてきたトンブクトゥの古文書だが、今度はAQIM(イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ)の台頭によって、再度の危機が訪れる。AQIMはマリ北部にイスラム主義の国家を打ち立てようとしており、トンブクトゥを武力制圧し支配下に置いてしまったのだ。古文書の多くは理性的な論考と知的な探求の集積であり、近代化と合理性を憎むイスラム武装勢力にとっては許せないものだ(と、ハイダラは考えていたし、実際そうした側面はあった)。

『きっとやつらは私たちの図書館にも押し入り、何もかもを盗んでしまうにちがいない。どうすればいい?』ハイダラが取った手段は、古文書の価値に気づかれる前にただひたすらに持って、各地へと分散させることだった。秘密作戦なので家族にすらも何をやっているのかも告げぬまま、駆り出された総勢20人の有志たちが素知らぬ顔をして本を運び出し、数十もの家庭に本を隠す。時に検問でつかまった時はハイダラが金を払って懐柔し、追い剥ぎやヘリコプターから隠れ運び続ける。あまりにも泥臭く地道なやり方だが、ハイダラらはこれをやり遂げたのだ。

おわりに

マリが歴史上、幾度も古文書を守るために書物を分散させてきたという歴史がまずおもしろいし、父の遺産を引き継ぎ、書物の管理人として世界的に有名になっていき、古文書を守るためにアルカイダ相手に武力ではなく"知を守るための戦い"を仕掛けていく彼の在り方は現実の人間とは思えないほどに主人公である。

書物がただ"存在する"だけでなく、"一箇所に集められ"、"何があるのかが誰にでもわかりやすく整理されること"で多くの人が集まり文化復興にさえも繋がっていくなど、"知の置き方"についても多くの示唆のある一冊だ。