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旧文明が滅び、ヴィクトリア朝風の地下世界が興った世界──『墓標都市』

墓標都市 (創元SF文庫)

墓標都市 (創元SF文庫)

本書『墓標都市』は、旧文明が〈大惨事〉によって滅び、人類が地下世界へと潜って生き延びた世界を舞台にした三部作のシリーズ作品開幕篇。人類はいくつもの地下都市に分かれてそこそこ充実した暮らしぶりのようだが、本書の舞台となるのはそのうちのひとつ、リコレッタというヴィクトリア朝っぽい文化が栄える都市である。

著者はこれがデビュー作ということで、全体的にまだあんまりうまくねぇな……という感じの作品なのだけど、世界観はいいのでそこを中心として簡単に紹介しよう。一度滅んだ文明、その後に構築された地下世界、というだけで引き寄せるものがあるが、その上「ヴィクトリア朝風文化に彩られた都市」までくると「なんでそうなったのかわからんが、ヴィジュアルとしては凄く良いな」という他ない。また、本書の場合、表紙のイラストが抜群に良いのでこれでグッと惹きつけられてしまった。

〈大惨事〉が発生した理由は本書ではまだ明らかにされていないが、評議会と呼ばれる都市の権力者らによって大惨事直後の歴史研究と記録は葬りさられており、知ることを禁じられているという設定も(打倒すべき敵、悪の中枢的な演出として)ぐっとくる。『歴史を記録した本はほとんど、〈大惨事〉の直後の時期に失われるか破棄されるかしている。それ以前の歴史を本格的に研究することは評議会が禁じており、公文書や報告書などはすべて保存理事会の保管室に入れられ、守られている。』

物語は、どうにか修繕した文献から過去を再構築していた歴史学者が何者かによって殺されている──といった一件の殺人事件から大きく動き出していく。事件を追うのは女性捜査官のマローンと、殺人犯と出くわしてしまった洗濯屋のジェーンだが、殺人犯を追っていくうちにこの地下世界を揺るがす事態、〈大惨事〉の秘密に遭遇することになる。ヴィクトリア朝っぽい世界を駆け回る女性捜査官と、洗濯娘それぞれに仄かなロマンスがあり、世界観も合わさって雰囲気は全体的に良い。

殺人犯を追う内により大きな事件につながり、それがこの特異な世界の背景情報の開示にも繋がっている──という点でプロットとしては良いのけど、登場人物一人一人がやけにバカで、説明がくどいのが個人的にはマイナス点。文明が滅んだ世界ということでポストアポカリプス物なのだが、そこで一度復興した文明/権力がかつての歴史を専有しようとしている点で、同時にディストピア物でもあるのはおもしろい。

おわりに

これ一冊だけでは高い評価はつけられないが、リコレッタを飛び出す第二部では建築や内装がイスラム世界の新たな地下都市が舞台になるみたいだし、本書で明かされなかった〈大惨事〉のさらなる謎、実は地上にも住めるし歩き回れる(のになぜかみんな地下世界に住んでいる)のはなぜなのかといった、新事実が明らかになるようなので楽しみに待ちたいところである。ちなみに著者は小説としては本書がデビュー作だけど、本業は『Fallout: New Vegas』とかをつくっているObsidian Entertainmentでナラティブ・デザイナーをやっているそう。