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かくも多様な性交の世界──『セックス・イン・ザ・シー』

セックス・イン・ザ・シー (講談社選書メチエ)

セックス・イン・ザ・シー (講談社選書メチエ)

多くの生物は何事か崇高な目的のためというよりかは、自身の遺伝子を後世に残す衝動によって突き動かされている。『生存術に優れ、長生きできたとしても、禁欲的な生活を送っていたら進化の面では敗者だ。一方、性的な魅力にあふれ、相手を魅了してものにすることに長けているなら、事をすませるまでの間だけ生きてさえいればいいということになる。』『結局のところ、すべてはセックスに行き着く。』

というわけで本書は海の中で暮らす生物はどんな風にセックスしているのか、と色んな事例が網羅された一冊になる。『海中において、正常位は少数派だ。』というように、複数の個体が輪になってヤったり、体の小さいオスがメスの腎臓の内部で暮らしながら精子を放出したり、深海であまりに暗いためにオスだかメスだか判別がつかなくてもとりあえず精子を振りまいてみたりと奇妙な性交事例が盛りだくさんである。

そもそもどうやって出会うのか

そもそも海は広く海洋生物は小さいので、どうやって出会うのだろうか、と疑問が浮かぶ。たとえばミジンコなどのプランクトンであるカイアシ類は、身体は小さいものの、温かい海水と冷たい海水、塩分濃度の高い海水と低い海水などを感知し、その中間地点にばら撒かれたメスのフェロモンを頼りに集まってくる。広大な海の中で、人間には認識することのできない"社交場"が出現しているのは神秘的でおもしろい。

どうやって誘うのか

さあ、なんとか広い海の中で出会ったら、今度はマッチングするために誘惑しなければならない。その手段も豊富でどれも狂っているが、個人的に好きなのはタツノオトシゴ。人間を含むほとんど全ての動物は逃れられずに不倫をしてしまうようだが(『現在、実父鑑定検査の技術の向上により、一雌一雄主義を守り抜く種はほとんどいないということが明らかになっている。』)タツノオトシゴは一雌一雄主義者で、パートナーが怪我や病気になっても、その回復をじっと待つと考えられている。

そんな忠実なタツノオトシゴの誘惑方法はとても礼儀正しい。オスは頭を下げてメスに近づき、ひれをパタパタと動かし、受精卵を保管する育児嚢の入り口を広げて、大きいことを見せびらかす。目にしたものをメスが気に入った場合は、お辞儀を返す。そのまま結婚初夜──というわけではなく、夜は別々に過ごし、それから数ヶ月間メスは毎朝夜明けになるとオスの縄張りに向かっていき、妊娠ができる状態になるためにデートを重ねるのである。タツノオトシゴのくせにロマンチックだ。

自由に性転換する

人間もたまに性別が変わったりするものだが、海ではより一般的に性転換する種がいくつも存在する。人間でも、一般的に女性よりも男性の方が高齢での出産への関与が可能だから、たとえば最初は女性で、途中からは男になったほうが後に遺伝子を残せる可能性が高いなど、「性転換」機能を持つべき合理的な理由はある。

たとえばファインディング・ニモで有名なクマノミも性転換ができる。クマノミはイソギンチャクの周囲から離れないので、常に4匹から6匹の仲間たちと一緒に過ごすわけだが、メスが亡くなった場合生殖できなくなってしまう。故にその時は、一番身体の大きいオスがメスへと転換するのである。ちなみにそれ以外のやつらはライバルにならないようにカップルに虐められて性的な成長が阻害されているのだとか。

いよいよセックスする

いろんな性交の在り方が網羅されているが、中でもイルカはヤバイ。性欲がとても強いく、若いオスが強い絆を結ぶために(オスと)セックスすることもあれば、相手を支配下におくためにすることもある。垂直で挿入することも、水平で挿入することも、スピードをガンガン出して性交することもある。遺伝子を残すためというよりかは、娯楽、スポーツ、関係性構築、とセックスの用途が多様なのだ。

ちなみにクジラもよくセックスをするが、大型のクジラのヴァギナは人間が立ったまま入れるほど大きいという。その時点で相当驚きだが、ヴァギナは種によって異なっており、中には複雑な構造をしているものもいる。理由としてはいまだ完全には解明されていないが、複数のオスと複数のメスがお互いに交尾を繰り返している場合、複雑なヴァギナによって精子にフィルターをかけ、劣る精子をふるいにかけている可能性がある。サメの中には精子を2年近く保管して突然妊娠できる種もいるそうだ。

おわりに

と、いくらでもおもしろエピソードを取り上げ続けることもできるが、キリがないのでこんなところでやめておこう。「遺伝子を保存する」という個体としての至上命令を果たすために、各生物が長い時間をかけて、さまざまな適応をしてきたのかが事例の豊富さを通してよくわかる一冊だ。読んだところで生活が変わったり、得になることもないだろうが、水族館にいったときに動物たちを見る目が変わるかもしれない。

もう少し真面目な観点からいっても、人間の乱獲、大規模な気候変動の影響は海の生き物たちにも影響を与えている。その数を増やす、あるいは保護するためにも「どのように性交しているのか」という視点は不可欠なものだ。本書ではそうした視点も、あまり多くはないけれどもきちんと取り上げているので、興味がある方はどうぞ。