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科学という探偵──『科学捜査ケースファイル―難事件はいかにして解決されたか』

科学捜査ケースファイル―難事件はいかにして解決されたか

科学捜査ケースファイル―難事件はいかにして解決されたか

科学捜査という言葉には胸おどるものがある。「捜査」という本来ならば地道で不確定で曖昧なものに対して「科学」という定量的で再現性のある概念があわさることによって、まるで奇跡のように事件を解決してみせる、ミステリのような魅力が湧き出るからではないかと個人的には思っている(その場合は科学が探偵にあたるわけだ)。

というわけで本書は、火災、昆虫、病理、毒物、指紋、DNA、人類学、復顔、法廷など12の分野にわたって「科学捜査」の歴史と現在の実態をインタビューで描き出していく、科学捜査のケースファイルである。各種専門家に対して徹底したインタビュー、リサーチを行っていく著者のヴァル・マクダーミドは、売れっ子の犯罪小説・サスペンス小説の書き手で、ある意味ではこの分野の専門家ともいえる人物だ。

どんな風に科学捜査をしているのか──といった実例がおもしろいのはもちろんだが、それとは逆に「明快かつスパッと解決!」というイメージとは反して恐ろしく泥臭いことをやっているのも興味深い。また科学捜査で解決されたいくつものトンデモ事件の紹介部分は、著者の手腕も相まってまるで犯罪小説を読んでいるようなおもしろさがある。どれも実際にあったことなので、悲惨なことではあるのだけれども。

いろんな事例

本書ではいろんな事例、歴史を辿っていくわけだけれども個人的におもしろかったものをピックアップして紹介しよう。まず興味深かったのは昆虫を用いた犯罪捜査の分野、法医昆虫学だ。これ、昆虫を犯罪捜査に使うのも凄いけど、その歴史も古くて1147年には中国で『洗免集録』という検死官のための手引として編纂されている。

当時法医昆虫学(当時はそんな名前じゃなかったが)がどのように用いられていたのかと言えば、鎌で殺された男の犯人を捜査するときに、検死官は近所のすべての成人70人に鎌を足元に置いて一列に並ぶようにと依頼した。どの鎌にも一見血の跡はなかったが、一匹のハエが、被害者に金を貸していた男の鎌にとまり、検死官が問いただすと自分がやったと自白したという(めちゃくちゃ嘘っぽいエピソードだが)。

現代では昆虫をどうやって犯罪捜査に使うのか? といえば、その一般的な役割は死亡時刻の推定になる。通常時は法病理学者によって死後硬直や体温の変化が調べられるが、48時間から72時間経つとその変化がわかりにくくなってしまう欠点がある。しかし、その状態になると別の指標として昆虫が現れるのである。しかもこいつらは気まぐれにやってくるのではなく、基本的には正確に予想可能な形で訪れる。

たとえばクロバエはその嗅覚によって100メートル先の腐肉を探し求められるので、たとえ密閉されていたとしても(蓋をした井戸の中とか)他のどの昆虫よりも先に死体に卵を産み付けていく。そうすると蛆虫の成長速度(英国のクロバエが成体になるまでには15日かかる)から、死後何日経っているのか大まかな推定が可能になるのだ。死体にたかるハエなんて想像したくもないが、しかし捜査には役に立つのである。

毒物学の章では、毒をどのように検出するのかといった手法や毒による連続殺人事件がいくつも紹介されているが、凄いのはその殺害数だ。たとえばメアリー・アンという女性は、子供や夫に保険をかけ、徹底的にヒ素で毒殺している。最低限わかっているだけでも、自分の母親、4人の夫のうち3人、恋人ひとり、12人の我が子のうちの8人、7人の継子と、20人は殺している。身近な人間をここまで殺し尽くせるのは尋常ではないが(バレないことも含めて)当時は乳児の死亡率が50パーセントもあり頻繁に名前と住む場所を変えていたそうだから、逃れ続けたようだ。

ヒ素は、マーシュの検査法によって1838年に死体からの検出が可能になっている。その発見以後の10年で、イングランドとウェールズでは98件の毒物犯罪の裁判があったそうで、その数は多すぎるように思うが──『真実は、この検査が発明される前は、検死官が単にヒ素の犠牲者の死を"自然死"と判断していただけという可能性が非常に高い』という。どれだけの人間がそれ以前に毒殺されていたのだろうか……

他に、科学捜査の手法としておもしろいなと思ったのは、単なるDNAのマッチングではなく家族性のDNA検査法。犯罪者の再犯率は高いので、何らかの事件(レイプとか)の発生時は取得したDNAを用いて過去の犯罪者データベースを検索するのだが、それで完全なヒットをしないまでも50%の一致率であればその親族に容疑者がいるのではないかという推測が立てられる。ただ当然ながら人権侵害などの倫理的な問題があり、アメリカではカリフォルニアとコロラドでしか許可されていないそうだ。

おわりに

いろいろな事例を紹介してきたけれども、女性がレイプ犯に車に連れ込まれた時に、海外ドラマの『CSI:科学捜査班』を見ていたために、自身の髪の毛をひとつかみ落としておくことで逮捕へと繋がったというエピソードが本書では紹介されている。

つまり、こうした科学捜査の手法について知ることは、我々の身を助けることにも繋がるかもしれない(たぶんないが)。あと、これから犯罪をしようとしている人も読んでおくといいだろう(いいわけないが)。

『CSI:科学捜査班』は結局フィクションであり、現実の事件捜査は地道な作業に終始するものだが、本書の中で取り上げられている事件の多くはその中でも選りすぐりの難事件、怪事件であり、それを次々と科学で解決していく様で(もちろん、比較すれば地味だが)"ノンフィクション版科学捜査班"のように楽しませてくれる。ちとお高めだがたいへんおもしろいので、興味のある人はどうぞ。