基本読書

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1000万種におよぶ昆虫たちの、オンリーワンの交尾道──『昆虫の交尾は、味わい深い…。』

昆虫の交尾は、味わい深い…。 (岩波科学ライブラリー)

昆虫の交尾は、味わい深い…。 (岩波科学ライブラリー)

本書は書名の通りに昆虫の交尾について書かれた一冊である。人生でこんなにたくさん交尾時の写真を見せられたことは一度も(エロ本を含めても)ないだろうというぐらいに本の中には大量の複雑怪奇な交尾写真が踊っており、ほとんど電車で読んだけど若干の気まずさを覚えたりもした(昆虫なのだから堂々と読めば良いのだが……)。

全篇通して交尾、交尾、交尾、なのだけれどもどの種の交尾を取り上げてもみなそれぞれ異なった趣がある。コオロギはメスがオスの上におぶさるようにして交尾をするし、キリギリスは、オスの精包についた栄養に富んだゼリーをメスが食べている間に、精子が精包のカプセルからメスの体内へと移動していく。近年の発見では、オスなのにペニスがなく、メスなのにペニスがある種も存在するぐらいである(それ、オスとメスが逆なんじゃないの? と思うだろうが、理由は後ほど解説する)。

原則として、オスは多くのメスとつがえば子孫が増えるが、メスは交尾をたくさんしたところで子どもは増えないので、メスよりオスの方が交尾に積極的になる。そうすると戦略として、オスは大量に交尾しようとし、逆にメスはそこから逃れようとするから、この原則はオスとメスの駆け引きを生み出すきっかけとなる。『つまり、交尾をめぐってのオスとメスの思惑はなかなか一致しない。これは「性的対立」と呼ばれ、これから見ていくように、性をめぐる様々な進化の原動力になっている。』

そうした駆け引きを原動力とし、オスメス双方で進化が起き続けることで、生物全般において交尾器の進化はとても速く、独自の物になりやすい。それは『一〇〇〇万種にも達すると目される昆虫たちが、それぞれオンリーワンの交尾器を持っている! それだけでも、驚くべきことではないか。』という程で、確かに凄いと頷く他なく、読んでいくと進化の粋が凝らされた超絶技巧の交尾道に思わず感動してしまう。

実際には、実質的に不要なものが残っていたりもするのだが、そうした揺らぎまで含めて「味わい深い……」ものがある。それでは、無数に交尾の仕方とその進化の道筋が解説されていく本書の中でも、個人的におもしろかったものを紹介してみよう。

おもしろかった交尾術

まずは身近なところからいくと、トンボの交尾がおもしろい。夏のプールでトンボが二匹繋がりながら飛んでいるところを見たことのある人も多いだろう。アレ、僕は深く考えていないので仲が良いなあぐらいにしか思っていなかったが、実際には自分がせっかく渡した精子を他のオスに掻き出されないように、オスが交尾後のメスの頭をつかんで飛んでいるのだ。仲が良いどころか、相当険悪な状況だったのである。

しかし精子を掻き出されないようにずっと自分で掴んでいるというのは、必死になるのもわかるとはいえちょっと大変すぎる。自分が精子を入れた後に、栓でも入れておけばいいではないかと単純に思うが、そうすると同じ出口から受精した卵が出ていくこともできなくなるので構造的に不可能なのである。なので、アゲハチョウの仲間など交尾口と産卵口が分かれている種では、実際オスは交尾栓を用いるのだ(賢い)。

じゃあアゲハチョウは絶対交尾したオスの子どもを産み、ある種の平和が保たれるのだ……と思いきや、そうするとオスは栓抜きのような交尾器を用いて抜いてしまうのである。これには正直言って驚いた。結局、力づくでブロックし続けるのが、泥臭く、アホくさいけれどももっとも効果的なのかもしれない。そういうことって意外と世の中にはあるよな……とついつい交尾から外れて仕事に思いを馳せてしまった。

あと、よく知られているようにカマキリは交尾の際、オスはメスに食べられてしまうそうだが、これはやはり食べられたオスの体の栄養分がメスの卵に取り込まれているようだ。ただ、食べられておきながら別のオスの卵の栄養になることもあって、なんというかこの世の地獄以外の何物でもない。知らなかったのは、実は逃げ場の多い野外ではこのオス喰いは30%程度しか成功しないという報告もあるということ。

良かった……食べられるオスはいなかったんだ……というほど低いわけではないが、強く生きて欲しい(自分がオスだからあまりにオスに感情移入しすぎている)

メスなのにペニスがある

交尾器の進化からみる、生き物の突然変異以外の進化方法や、そもそも交尾は一回でいい筈のメスがなぜ何度も交尾することが前提の機能になっているのかなど、色々と生物学的におもしろいネタも多いのだが、どうしても紹介したいネタがひとつある。

それは「トリカへチャタテ」と名付けられた、メスがペニスを持っている昆虫である! ブラジルの限られた洞窟だけに住むこの昆虫は、なんとメスがペニスをオスに挿入することで交尾するのだ! 最初の方で書いたように、それ、オスとメスが逆なんじゃないの? と思うかもしれないが、生物学の世界では、次世代を作るための細胞(配偶子)を、大きな配偶子を作る(卵)がメス、小さな配偶子を作る(精子)がオスと定義している。その定義だと、ペニスを持っていてもメスはメスなのだ。

その交尾時間は50時間にもおよび、その間に巨大な精包がオスからメスへと渡される。これのおもしろいところは、オスがメスに対して大量の栄養物質(精包)を与える場合、メスは交尾するほど子が増え、逆にオスは栄養補給のため複数のメスと交尾することが難しくなるから、最初の方で述べたオス・メスの原則が逆転するのである。メスは積極的に交尾を求めるようになり、逆にオスを奪い合うようになるのだ。

おわりに

ブラジルの洞窟に住むたった一種の昆虫から性の本質に迫る情報が得られ、考察が引き出せる。まこと、昆虫の交尾は味わい深いという他ない。本書には昆虫の写真があるが、色はついでないのでそこまでグロテスクではないし、可愛いイラスト(ほぼ全部交尾してるけど)も添えられているので、虫が苦手な人でも大丈夫でしょう(ダメでも責任はとれんが)。あとこの本、最後におまけとして「袋とじページ」が書籍なのについていて、思わず「エロ本かよ」と一人呟いてしまった(エロ本ではない)。

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huyukiitoichi.hatenadiary.jp