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海洋という独特の存在が国際社会にどのような影響を与えているか『海の地政学──海軍提督が語る歴史と戦略』

海の地政学──海軍提督が語る歴史と戦略

海の地政学──海軍提督が語る歴史と戦略

本書は元アメリカ合衆国海軍大将、艦これのプレイヤーとかではなく本物の海軍提督*1のジェイムズ・スタヴリディスによる、海洋の地政学をメインとした歴史および戦略書である。文章は機知に富んでいる上に読みやすく、太平洋、大西洋、インド洋など各種海洋の地政学/政治的的意味、そこで行われてきた戦争の歴史を語りながら、海軍時代の思い出話も語られ、その全てが抜群におもしろい。

 この本では、二つの重要な側面から海洋を描きたいと考えた。第一は、私自身の海軍軍人としての経験、第二は、海洋の地政学と、それが陸での出来事にどのように影響を与えているのか。海軍軍人として海で過ごした経験を踏まえながら、海洋という独特の存在が国際社会にどのような影響を与えているかという大きな問いに応えることによってはじめて、私たちは海の価値と課題を十分に理解できる。

構成としては、海洋を一章で一つ取り上げながら、おおむね最後にはその海洋が現在抱えている課題を上げ、「アメリカや世界の国家は何ができるのか」とアメリカをメインとした戦略立案とも呼べる内容が述べられていく。僕は軍事方面の知識はほとんどないから、それがどの程度妥当なのかは判断がつかないのだが、著者は専門家筋からも信頼の厚い人物だという(内容にも論理的におかしなところは見受けられない)。

なにはともあれおもしろい

なにはともあれおもしろい、というのは最初に述べたとおりだが、もう少し具体的に紹介すると、たとえば第一章「太平洋 すべての海洋の母」の章では、「日本はなぜ「太平洋の大英帝国」にならなかったのか」という疑問が提示される。イギリスと日本には地政学的類似点が多い。どちらも島国で、天然資源が乏しく、海洋に頼らざるをえない。周囲には厄介な敵がいて、侵略の脅威に何度も直面している。

そうした多くの類似点があるのに、イギリスが帝国を築いたのに対し、日本が300年近く内向きだったのはなぜなのか。答えの一部は太平洋の地理にあると著者はいう。何しろ太平洋は大西洋と比べると相当に広く、東の陸地は果てしなく遠い。つまり太平洋は東への天然の緩衝地帯となっており、そのおかげで、距離の近い西側の防衛・攻撃に集中することが出来た。一方イギリスとヨーロッパ大陸とを隔てるのはイギリス海峡という狭い水域だけだ(ダンケルクをみるとその狭さ(と遠さ)を実感する)。

時代を経て、太平洋はもはや天然の緩衝地帯とはいえなくなってしまった。現在太平洋で軍事的に最も危険なのは北朝鮮──なのは日本人はよくわかっていると思うが(『若い指導者の金正恩は、武力を通してのみ、国内で権力を握り、太平洋地域での一定の影響力を維持できると考えている』)、中国の防衛支出は増大し続け、こと海に焦点をしぼると南シナ海に3000エーカー(1エーカー=1200坪=サッカーグラウンド1つ分)の人工島を建設している。サッカーグラウンド3000個分は相当ヤバイ。

体験談、政治、歴史

著者の海軍時代の体験談や、軍事だけではなく政治、歴史への語りも安定している。

たとえば、現在のトランプが推進する保護主義の壁を築いて、世界の同盟国との関わりを否定するような行動を、これと同様の映像を二度目の世界大戦が始まる前にも見たことがあるとして否定してみせる(ドイツの台頭から自国を守るためにフランスが構築した「マジノ線」を壁にたとえて)。たとえば、インド洋について語る章でははじめてのインド洋航海時の思い出を、情景が目の前に浮かぶように描いてみせる。

 長い夜間当直を終えたあとも、私は海や錨の状態を甲板で確認するために艦橋にいた。陸の近くや通行が激しい場所では警戒員が追加される。タイの西岸沖に広がるアンダマン海に入ると、太陽が昇るのが見えた。突然、私たちの前に見渡すかぎりの海原が広がった。私たちは南西の方向、サンゴ環礁の中心に位置するディエゴ・ガルシア島に向けて舵を切った。

歴史の方では、地中海について語る章では『人類が本格的に海で戦い始めたのは、地中海においてである』という書き出しではじまり、なぜ地中海で最初の海戦が起こるようになったのか(ギリシャ人、ペルシャ人、フェニキア人、ローマ人など、ヨーロッパ、アフリカ、アジアの異質な文明が接触し、対立を促す場所となったのだ)、そこでどのような技術が生まれたのかなど、一つ一つの情報がやららと興味深い。

おわりに

海からみた現代の軍事・戦略論としても秀逸で、これまでに知識がなくともざっと世界の緊張状態の見取り図がインプットできるだろう。「アメリカにとって最善のアプローチは何か」など、アメリカを中心とした戦略案が述べられている箇所も多いが、それもアメリカ一国のみというよりかは、基本的に周囲の国家との協定を中心に捉えたアプローチであって、たとえば日本の読者にとって重要性が落ちるとも思えない。

300ページほどでそうした一連の情報がスッとまとまった良書なので、オススメしたいところだ。

*1:いや、艦これの提督でもあるのかもしれないが、当方では未確認である