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きっと、もっと猫が好きになる──『猫SF傑作選 猫は宇宙で丸くなる』

猫SF傑作選 猫は宇宙で丸くなる (竹書房文庫)

猫SF傑作選 猫は宇宙で丸くなる (竹書房文庫)

SFといえば、犬よりも猫のイメージが強い(犬SFの傑作もたくさんあるけど)。『夏への扉』はもちろん、コードウェイナー・スミスの『鼠と竜のゲーム』、神林長平『敵は海賊』シリーズ、秋山瑞人『猫の地球儀』など、猫SFは傑作だらけだ。

というわけで本書は書名通りの猫SF傑作選である。シオドア・スタージュンからフリッツ・ライバー、ロバート・F・ヤングまで10人の作家による10篇の猫SF短篇が収められている。アンソロジーの特徴としては、スミスの「鼠と竜のゲーム」などド定番の物が一部入っていない代わりに、本邦初訳が4篇、それ以外もほとんど入手・読むのが困難だった作品ばかりが揃っていて、埋もれた/知られざる作品や作家が揃っている。実際僕も読んだことがない作品ばかりなのがありがたい限りである。

猫を主軸に据えて短篇を書くぐらいだから、みな大層な猫好きであり(嫌いな人もいるのかもしれないが)、好きなものを好きなように書いているなという錯覚が湧いてくる楽しい作品ばかりである。それでは好みの物を中心に紹介していこうと思うが、本書は地球上を舞台にした「地上篇」と、宇宙をかけめぐる猫達を描いた「宇宙篇」でそれぞれ5作品ずつに分かれている。なのでまずは地上篇から紹介していこう。

各篇について「地上編」

地上編のトップはジェフリー・D・コイストラによる「パフ」。バイオテクノロジー企業に勤める男が、娘のために"成長しない猫"、名付けてパフを遺伝子操作によって生み出してみせる。だが、人間も含めた多くの動物は"子どもの方が成長が早い"。何年経っても大きくならないパフだが、その知能はどんどん増していき……。

ペットを飼ったことのある人なら誰しも「ペットの死」を体験・恐怖しながらその時を待っていると思うが、デニス・ダンヴァーズ「ベンジャミンの治癒」の主人公は〈治癒の力〉を持ち、飼い猫を死の淵から蘇らせてみせる。死ぬことのない猫なんて素晴らしいが、獣医にも見せられないし、誰かと結婚することになったら説明が困難である。そうした苦難を乗り越えた果てに、いざ自分が死ぬときにはどうなってしまうのか。なにはともあれ、ペットを飼う者にとっては、夢のような短篇である。

ナンシー・スプリンガー「化身」は本書の中ではもっともエロティックな一篇。何しろ、長い年月を開けて、時折現実に実体化する人型の猫の化身(?)が、カーニヴァルに紛れ込み、ストリッパーとして活躍するうちに盲目の男と恋をする話なのである。描写が隅々まで美しく、楽しいが、何より何もかもを受け入れるカーニヴァルの雑多な雰囲気が素晴らしい。『カーニヴァルは、いろんな者を受け容れる。犯罪者、売春婦、フリーク、ヘビ使い、伝道者、いかさま賭博師。どんなやつだってかまわない。おれたちはみんなカーニヴァルの芸人なんだ。みんな仲間なんだ。きみもね』

各篇について「宇宙編」

宇宙編のトップはジョディ・リン・ナイ「宇宙に猫パンチ」。三人のクルーと、お守り代わりの猫一匹が、人類と敵対的な異星人の星域を航行する危険な運送仕事に従事する。ポンコツ船内管理システムが猫を正式なクルーと認めるために、食事を好き勝手に食われてしまうなどのドタバタをはさみつつ、いよいよ本当に発生してしまった異星人との戦いの中で、誰もが驚く驚異「宇宙的猫パンチ」が炸裂することに──!

ジェイムズ・ホワイト「共謀者たち」はテレパシーによって連帯する猫を筆頭とした動物たちが人間へと反旗を翻し宇宙船から脱出をはかる逃亡劇。「宇宙的猫パンチ」とは真反対だが、人類を馬鹿にしきった態度がまた猫らしい(考えてみれば、その態度自体は宇宙的猫パンチとたいしてかわらないか)。アンドレ・ノートン「猫の世界は灰色」は猫の見ている世界がほぼ灰色であることを取り入れた、ある種の色盲短篇。わずか13ページの中に猫の世界がぎゅっと詰まった素敵な一篇だ。

トリを飾るのはフリッツ・ライバー「影の船」。〈ウィンドラッシュ〉と呼ばれるh船で暮らすスパーと、「キレイジュキ ハイセツカン ツカウ。ネジュミ ミニャゴロシ! マジョ キューケツキ カクレガ シャガス!」と口悪く喋る謎の猫を取り巻く生活を描いていく一篇。誰もその経緯を知らぬ〈ウィンドラッシュ〉とはいったい何なのか、など幾つもの謎が明らかになる終盤の展開もさることながら、勤曜日(ワークデイ)、睡曜日(スリープデイ)などの浅倉久志訳が光る。

おわりに

個人的なお気に入りを3篇挙げるならば、「ベンジャミンの治癒」、「化身」、「宇宙に猫パンチ」あたりかな。猫とは気まぐれな存在であり、自由であり、人間のかけがえのないパートナーであったり絶望的な敵であったり。猫を中心に据えた本アンソロジーは、そうした猫の"不定形さ"を反映するように、一篇一篇異なる(ただ、紛れなく猫の特質を捉えた)豊かな楽しさを備えてくれている。通底することのひとつは、反旗を翻そうが好き勝手に行動していようが「かわいい」ということだろう。

猫がどうとかを抜きにしても、単純に傑作ぞろいのアンソロジーなので、単純にSF・ファンタジィが好きな人にオススメしたい。きっと、もっと猫が好きになる。