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静かで、ゆるやかな世代交代──『ペガサスの解は虚栄か? Did Pegasus Answer the Vanity?』

ペガサスの解は虚栄か? Did Pegasus Answer the Vanity? (講談社タイガ)

ペガサスの解は虚栄か? Did Pegasus Answer the Vanity? (講談社タイガ)

人類は細胞を入れ替えることで寿命を飛躍的に延ばしたものの、その代わりに子供が生まれなくなった未来社会を描く森博嗣さんのWシリーズ最新巻。毎巻、仮想現実、人工知能など異なる領域をテーマにしながらスマートに描き上げてきた本シリーズだが、今回のメインは生殖と親子にまつわる物語。もちろん今回も抜群におもしろい。

前巻までの話とか今巻の話とかブレードランナーとか

ほとんどの人間に子どもが産まれなくなった。とはいえ、まだ一部には子どもを産むことのできる人々が存在する。人工細胞を用いて生み出され、頭脳回路に人工的な処理を施したウォーカロンの中にも、本来は生殖機能を持たないはずが、生殖を可能にする個体/方法があることが判明する──というのがここまでのざっとした流れではあるが、今回は直接的に「ウォーカロンから生まれた子ども」についての物語だ。

果たしてウォーカロンから生まれた個体は、人間なのかウォーカロンなのか? 子どもは本当にウォーカロンから生まれたのだろうか? 生まれたのだとしたら、どのような技術によって?(実験的なウォーカロンだったのか、まったく別の手法を用いたのか、などなど)といった謎掛けの部分は、まるでミステリのようにラストで鮮やかに解き明かされるのだけど、これがまたうまいんだよなあ。現代よりもさらに合理化が進んだ社会で、「親子の情」という失われつつある関係性が描かれていくのも良い。

最近公開した『ブレードランナー2049』も、「生殖能力がないはずのレプリカントが、子どもを産んだ」ことを発端にした物語なので(こちらも傑作)、シンクロニティを感じた。生殖ができるということは、自前で勢力を拡大できるということだし、単なるつくられた存在である被造物から創造主への転換を果たす象徴的にも実際的にも大きな現象であるから、物語の中心となることに不思議はないのだけれども。

書名に入っている「ペガサス」とは、前巻『青白く輝く月を見たか? Did the Moon Shed a Pale Light?』で登場した北極に存在した人工知能オーロラとはまた別のスーパ・コンピュータ、人工知能である。ペガサスは数年前、「人間の数を最小限にすることが、国家の存続に不可欠」だと提言しており、これもまたある意味では生殖にまつわる"解"にして"問いかけ"である。

おもしろかったとこ

"超高度AI同士の情報交換を認めるか否か"という議論の部分が良い。超高度AI同士は当然ながら人間を遥かに超える知能を持っているので、そのやりとりを監視するのは不可能だ(データ量的にも)。チェック・アルゴリズムの構築も考えられるが、超高度AIによる偽装を見破るのは不可能だろう。だから議論は「彼らを信頼するのか、しないのか」という前世代のようなやりとりにまで戻ってしまう。

完璧を目指してつくられた人工知能が、ミスをする、個性のある解を出す(同じデータを元にして、別々の解が出る)といった「人間らしい」動作をするようになり、人工知能も多数による合議制を用いなければならない(だから、データを交換することで融合するのはリスクである)という結論も物語の展開としては実におもしろい(将棋ソフトでも棋力差が少ない場合多数決合議制の方が強いという研究もあるが)。

問題は一見したところ人工知能の解が不可解かつ不合理であったとしても、高度な演算能力を持ってして「それを受けた人間の行動」に関与するために発現するパターンがあることで、その場合この世界での人間は"人工知能の助言を聞き、人工知能をコントロールしている"つもりで、実態としてはすべての行動の支配権を奪われている可能性がある(実際に、多くの場面で人間はコントロールを受けているわけだが)。

ゆるやかな世代交代

人はほとんど生まれなくなり、ウォーカロンの数は増していき、人間も人工細胞に入れ替わっていくことでウォーカロンとの境目はなくなっていく。そして、人工知能やトランスファはこの世界に着実に根をおろしている。SFではよく、人類への人工知能や人造物の反乱が描かれるが、本書で描かれていくのは劇的な革命ではなく、静かで、ゆるやかな世代交代だ。「生殖」という話題を中心において、単体の世代交代から種としての世代交代、生命の世代交代までを一冊の中で描き出してみせる、本書単体として抜き出してみても、SFとして、非常に挑戦的なことをやっていると思う。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
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