基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

今年読んだものの中で記憶に残っているものを開陳する(小説篇)

はじめに

今年もたくさん読んだり観たりやったりして、頭から尻尾まで楽しい年だったな……という感触が残っているのだけれども、せっかくなのでブログに書いたものを中心に記憶に残ったものを紹介していこう。適当にリストアップしただけで40作品を超えたので(さすがに全部は無理だ)ぱっぱとやろう。基本的にここでとりあげていく本は個別記事を書いているので、最後にリストとしてまとめておきます。

日本SF枠

というわけでジャンルを区切って日本SF枠から紹介していこうと思うがまず何をおいても滅多に本の出ない飛浩隆さんの最新短篇集『自生の夢』をあげておきたい。一言でいえば極上のSF短篇集である。身体へとダイレクトに感覚が伝達され、SFならではの特異なイメージが現出する悪魔的な表現力は依然として健在。読んでいて何度も表現とストーリーの両面、その凄まじさに恐れおののいてしまった。

自生の夢

自生の夢

新鋭で抑えておきたいのは柞刈湯葉『横浜駅SF』。もともとはツイッタに投稿されたネタを膨らませたものだがBLAME!を思わせる増殖を続ける"横浜駅"の描写、その背景を支えるバカバカしくも真面目な理屈に加え、文章も洗練されていてどこを切り取ってもおもしろく──と抜群にレベルの高いSFだ。第二作の『重力アルケミック』も膨張し続ける地球を舞台にした青春ものづくりSFで別種の魅力がある。
横浜駅SF (カドカワBOOKS)

横浜駅SF (カドカワBOOKS)

他、早川のSFコンテスト受賞作としては円城塔好きにはたまらない(かつ東浩紀『クォンタム・ファミリーズ』的な家族・メタ小説の側面も持つ)『構造素子』、植物都市SF『コルヌトピア』も珠玉の出来。忘れちゃいけないのがカクヨムから生まれた赤野工作『ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム』で、「2115年の日本を舞台として書かれた、かつて評価の悪かったレトロゲームレビュー」という体裁で描かれていく架空のレビュー集。"ゲーム"という視点を通したからこそのテクノロジーと社会の在り方が描かれていて、SFとしても素晴らしい出来だ。
ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム

ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム

ベテランや新人作家の第二作目の紹介にうつると、宮内悠介『あとは野となれ大和撫子』は、カザフスタンとウズベキスタンに挟まれたガチ危険地帯にある国家を後宮の女性たちが運営することになってしまって──といった始まりから、領土と経済圏を巡る政争をはじめとする政治、経済、軍事を、会話のノリはあくまでも軽く、国家運営上の取り扱うべき内容は重く、と軽重あわせ描きこんでいく国家運営譚で、全宮内悠介作品の中でも飛び抜けて好きで広くオススメしやすい作品。
あとは野となれ大和撫子

あとは野となれ大和撫子

1956年のカンボジアを舞台として"権力者が都合良くルールを設定し、好きなように覆す"腐った政治体制の中で、いかにして人々は自身の正しさを貫き、ルールに挑むのかという重いテーマを血が滲むような文体で紡ぎ出していく傑作、小川哲『ゲームの王国』は今年もっとも夢中になったSF小説である。他、短篇集では(自生の夢を除くと)藤井太洋『公正的戦闘規範』、小川一水『アリスマ王の愛した魔物』は群を抜いておもしろく、現在の日本SFのレベルの高さを実感させてくれる。
ゲームの王国 上

ゲームの王国 上

海外SF

と、キリがないの海外SFに移ると、最初に取り上げておきたいのはウィル・ワイルズ『時間のないホテル』。無数に入り組み世界を繋げるファンタジックなホテルの描写がまずたまらなく魅力的で、不可思議な謎が恐怖と好奇心と共に物語を牽引し、謎の多くが明らかになったあとも別種の展開をみせ、と一冊で二度も三度も美味しい作品である。著者いわく『J・G・バラードが書き直した『シャイニング』』

時間のないホテル (創元海外SF叢書)

時間のないホテル (創元海外SF叢書)

『紙の動物園』で話題をかっさらったケン・リュウの第二短篇集『母の記憶に』は第一作を上回る傑作揃い。中国で生まれ、現在アメリカで暮らす著者の経歴を存分に活かした多国籍な文化と歴史が入り乱れる作品もあれば、鮮明なアイディアを元にまとめあげる作品あり、使い古されたアイディアをケン・リュウ流に描写した作品もあり(それがきちんとおもしろい!)、自力の高さを実感する一冊となった。
母の記憶に (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

母の記憶に (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

満を持して僕が年間の海外SFベストに挙げたいのはアダム・ロバーツ『ジャック・グラス伝: 宇宙的殺人者』。読者への挑戦状からはじまり、語り手が「フェアに勝負を仕掛けるつもりです」と宣言する、古き良きミステリをド真ん中で貫きながら、作中を流れるロジックや状況の全てにSF的ギミックやアイテム───たとえば"超光速航法"が関係してきて、と無茶な出来事、状況をドストレートに描き出す。
ジャック・グラス伝: 宇宙的殺人者 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

ジャック・グラス伝: 宇宙的殺人者 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

以後ざっくり紹介していくと、体内に取り入れたナノ構造物によって他者の脳と通信することのできるネクサスと、それがもたらす世界の変革(個人の、社会の、世界の)を描き出すラメス・ナム『ネクサス』はケレン味たっぷりの傑作だし、プリーストの集大成的な"可能性世界"小説『隣接界』は著者のファンでなくとも一冊目に薦められる絶品。出たばかりのイーガン『シルトの梯子』もまーたイーガンが新しい宇宙つくってるよ案件で人類と新時空との戦いが描かれる年間ベスト級SFだ!
シルトの梯子 (ハヤカワ文庫SF)

シルトの梯子 (ハヤカワ文庫SF)

ファンタジィ・ライトノベル

多くはないが、ファンタジィ・ライトノベル系統の作品についても触れておこう。ファンタジィで記憶に残っているのは、読むこと、そして書くことについての幻想譚ソフィア・サマター『図書館島』。描写の、セリフの一つ一つにとてつもない美しさと力強さがあり、"文字"という原初的な魔法の驚きを従前に描き出していく。

図書館島 (海外文学セレクション)

図書館島 (海外文学セレクション)

『ウィッチャーI エルフの血脈』から始まる《ウィッチャー》サーガは、ポーランドの作家アンドレイ・サプコフスキによる世界的大ヒットファンタジィで、ゲーム《ウィッチャー》シリーズの原作でもある。ゲーム自体、(特に3は)自分自身で世界の運命を変えていく実感の得られる傑作だが、小説もまた魔法の在り方、政治、経済、架空生物の作り込み、東欧神話のユニークさ、キャラクタの魅力などすべてが最高でド傑作なファンタジィなのであった。全五部作で現在第二部まで刊行中。
ウィッチャーI エルフの血脈 (ハヤカワ文庫FT)

ウィッチャーI エルフの血脈 (ハヤカワ文庫FT)

今年二巻まで出た宮澤伊織『裏世界ピクニック 』は、一言でいえば「『ストーカー』×実話怪談×百合」な要素の合わさった最強無敵な作品で、語りはゆるく女の子たちのやりとりは微笑ましくそこに恐怖がいい塩梅に挿入され、読んでいるとただただ幸せな心地になれるだろう。表紙イラストも最高以外の言葉がない。
裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル (ハヤカワ文庫JA)

裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル (ハヤカワ文庫JA)

異世界物としては、『JKハルは異世界で娼婦になった』もいろいろな意味でうまい作品。異世界で娼婦をやるという題材からしてうまいし、既存の異世界物とは違った視点から異世界を捉え直すコンセプトが明確なのだ。あと、筒井康隆が書いた『ビアンカ・オーバースタディ』の続編を勝手に書いて応募してきた『ビアンカ・オーバーステップ』はそのデビュー経緯とは裏腹にしっかりとした構成に文章、何より明らかに筒井康隆よりもおもしろいという異常なメタSFなので読み逃しなきように。
JKハルは異世界で娼婦になった (早川書房)

JKハルは異世界で娼婦になった (早川書房)

ちなみにライトノベルのベストは『ストライクフォール』の三巻。マジ傑作。
ストライクフォール3 (ガガガ文庫)

ストライクフォール3 (ガガガ文庫)