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実存主義的ワイドスクリーン百合バロックプロレタリアートアイドルハードSFなデビュー作──『最後にして最初のアイドル』

最後にして最初のアイドル (ハヤカワ文庫JA)

最後にして最初のアイドル (ハヤカワ文庫JA)

著者自身によって、「実存主義的ワイドスクリーン百合バロックプロレタリアートアイドルハードSF」という長すぎてTwitterに流しにくい、ジャンルだかキャッチコピーだかを名付けられ世に送り出された「最後にして最初のアイドル」。

本書はその中篇を表題作として、ガチャと宇宙の真理に到達する「エヴォリューションがーるず」、声優たちが殺し合いエーテルに満ちた宇宙をかけめぐる「暗黒声優」の計三本を収録した、著者草野原々のデビュー作品集である。世に出た最初の作品である「最後にして最初のアイドル」はもともとラブライブの二次創作同人誌を改稿してハヤカワのSFコンテストに送ってきた問題作だ(ちなみに特別賞を受賞した)。*1

「最後にして最初のアイドル」は、Kindleで単体で売りに出された時は、その刊行経緯の異常さ、一人のアイドルがこの宇宙で最高のアイドルになるまでを描き〈アイドル〉の起源と、多宇宙の意識の起源にまでたどり着いてみせるその異常なプロットがウケたのかどうなのか知らないがよく話題になりめっぽう売れたようだ。*2
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ワイドスクリーン百合バロックとは

ちなみに、著者がいうところの「実存主義的ワイドスクリーン百合バロックプロレタリアートアイドルハードSF」のワイドスクリーンバロックというのは、もともとワイドスクリーン・バロックというSFの中のサブジャンル。今一般的にどのような意味で伝わっているのか僕はよく知らないのだけど僕の理解としては「無茶苦茶に壮大で」「同時に軽薄でバカバカしい面も併せ持ち」「個々人のレベルではなく文明や種族といった大きなレベルで語られる」物語といった風に捉えている。

だいたいワイドスクリーン百合バロックな作品集

なぜわざわざそんな説明を入れたのかと言えば、他の二篇もだいたい同じような作品だからである。まず「最後にして最初のアイドル」では主人公の古月みかが、死亡した後に狂信的な友人新園眞織に脳を助けられ、意識の連続性だけは残しながら身体を新規構築しどんどん変化を遂げるうちに、太陽フレアによる人類の衰退と数千年の時間経過、そして宇宙の果て、生命創造の真理にまでたどり着いてしまう。

エボリューションがーるず

続く「エヴォリューションがーるず」は、語り手の笹島洋子が「エヴォリューションがーるず」という、絶滅した古代生物たちの擬人化キャラクタをテーマにしたソシャゲにハマって課金しまくった後にトラックに跳ね飛ばされ、「エヴォリューションがーるず」世界にアメーバとして転生的なアレしてしまう──というガチャ・生物進化・シュミレートSF。このゲーム、リズムときせかえとアドベンチャーが一体化したシステムになっており、現実に存在するゲームだとアイマス(のリズムゲー)、コーデはミラクルニキ、世界観はけものフレンズっぽいが無数に参照しているだろう。

洋子は転生後、最弱のアメーバでありながらも敵プレイヤーを食べることで〈ポイント〉を集め、それを使いガチャを引いたりして自分自身の身体を進化させていく。SR:多細胞化を引けば多細胞化し、メタカードのSR:解説を引けば自分が引いた能力を知ることができる。洋子は突出体を手に入れ、散在性視覚器を手に入れ、節足動物へと変化し、チームを組んで陸地へ向かい、過酷な生存競争を生き延びていく。

 洋子は自分を多足類、つまりムカデ型にした。節足動物のなかで、ムカデは一番巨大化に向いている形だ。巨大化する前と後で身体の仕組みを変えなくとも生きていける。縦に長くなるため、表面積と体積の差が致命的なものにはならず窒息する心配がないのだ。体節のパーツを増やすだけだから巨大化そのものも単純だ。おまけに、巨大化すればするほど、足が増え、力もスピードも大きくなる。

最後にして〜同様、カワイイはずの女の子がすぐに節足動物やグロテスクな生物になってしまうのが本当に残念ながらもおもしろい。これでもしアニメになったりしたら、画面にずっとムカデ的生物しか映らない悲惨な画面が4週間ぐらい続くはず。洋子はそんな世界で出会いと別れを経験し、なんやかやあって核爆弾をつくり、身体構造を変化させて宇宙へと飛び出し、そこでガチャが支配する宇宙の構造の秘密を知り、戦いを挑むことになる。ガチャに枕を濡らした者は涙なしには読めないだろう。

暗黒声優

最後は「暗黒声優」。光や電磁波を伝えるものとしてかつて考えられていた物質であるエーテルが実際に存在する世界を舞台に、エーテルを操ることによって重力制御など無数の超常現象が起こせる特殊な遺伝子を持った”声優”たちの死闘を描き出す声優スペース・オペラだ。この声優たちのおかげで人類は宇宙に軽々と進出したが、強大な力のせいで『声優監視委員会』によって監視されるようになり──と現実の声優をめぐるトピックを理屈っぽく作中に取り入れていくのがまずおもしろい。

たとえば声優監視委員会は声優の権利を制限するため使っているシャンプーの種類に至るまで監視し、さらに声優は能力ごとにランク付けされる。ジュニア、C、B、A、とランクが変わるごとに規定賃金が変わるのだが、これは現実の声優でも同じルールが採用されている。また、声優監視委員会によって声優はプライバシーを失い、女性声優の中で『百合営業』文化が誕生するなど、そういう小ネタがいちいち楽しい。

話に戻ると、声優である四方蔵アカネはレジェンドクラスの最強の声優になるため、声優を密かにぶち殺して回り、その声帯を奪い取ることで強くなっていくのだが、独力で重力制御を行うことができる最強の「暗黒声優」と戦い、なんやかやあって地球の重力が消失し地球がぶっ壊れ、暗黒声優との因縁を抱えたまま宇宙を旅するうちに、なんやかやあってこの世界が誕生した起源に迫ることになる──。

まとめ

この三篇では作品冒頭で「アイドル」「声優」「ガチャ」といった、その作品の中核概念が語られ、それを宇宙規模・この世界の起源に絡めることで独自の宇宙観念をつくりあげ、その理屈を作中人物たちが解き明かしていくことで物語を駆動していく。その途中ではさまざまな作品のネタが取り入れられ、パワーワードでキャッチーな台詞や描写が横溢し、どの部分を切り取ってもめちゃくちゃおもしろい。*3

すべてがバカバカしい話でしかないのだが、同時にその世界の理屈的な部分はしっかりと築き上げており(暗黒声優のエーテル宇宙や、地球の重力消失シーン。またエヴォ〜の生物周りの解説や最後にして〜の太陽フレア周りなど素晴らしい)、そのおかげでギリギリ作品として成立するバランスが保たれている。問題は三篇も連続してこんな話を読み続けると死ぬほど腹がいっぱいになることで、次も同じような作品集だとついていけるかどうか不安で仕方がない。だが少なくともこの一冊に限れば、こんなにバカバカしくておもしろい本はそう他にはないだろう。

*1:元々の同人誌では主人公は矢澤にこだったので、つまり表紙の女の子は元・矢澤にこなのだろう(イラストレーターさんは描きづらかっただろうなあと思いつつも、この表紙、裏返しにまでイラストがかいてあってめちゃくちゃいいんだよね……。)。

*2:そのうえ星雲賞の短篇部門まで受賞してしまった。マジで! と思ったものである。

*3:最初の作品から一貫して一部分を切り取っただけでおもしろく、”バズりやすい”、”バズらせやすい”というのは著者の素の好みもあるのだろうが、基本的に戦略なのだろう。