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謎の信号によって人類のDNAがハッキングされ、「終局」に至る様をノンフィクションとして描き出す、ファーストコンタクトSF──『ダリア・ミッチェル博士の発見と異変 世界から数十億人が消えた日』

この『ダリア・ミッチェル博士の発見と異変』は、2023年に銀河系のはるか彼方から届いたパルスが人類にぶちあたり、そこから一部の人々が重力波を見ることができるようになったり、知的能力が向上したりといった、一種のアップデート、進化(誤用)が行われてしまった世界について描かれたファーストコンタクトSFである。

特徴的なのは、本作はそうした状況を誰かの目を通してリアルタイムで体験していくのではなく、2023年からはじまった一連の騒動が終わり、「終局」を迎えたあとの2028年に刊行されたノンフィクションという体裁で進行していくところにある。このノンフィクションは、元大統領からジャーナリスト、研究者まで様々な立場の人間の証言を元に構成されていて、読み進めていくうちに、「終局」とは何を意味するのか、またパルスはどんな意味を持っていて、何のために送られてきたのか。それに対して人類は、政府はどのような対応をとったのか──が次々と明らかになっていく。

ファーストコンタクト物ではあるものの、未知の生命体との邂逅はメインではなく、未知の生命体が人間社会にもたらしたものをどう解釈するのか、それによって社会がどのように変質していくのかを描き出していく部分に注力していて、まずその部分が素晴らしい。そして、未知の生命体によって放たれたパルスによって人間が明らかにそれまでとは別の存在に変質してしまうという点では、『幼年期の終わり』に代表されるような「人類進化テーマ」に連なる作品でもあり、個人的にこうした「人類全体がめちゃくちゃになる話」が大好きなので、いろいろとド真ん中の作品である。

あらすじや世界観など

物語(ノンフィクション)の舞台、というか作中ノンフィクションが刊行されたのは2028年のことだが、そこで取り扱う事件が始まるのは2023年のことである。この年の10月17日に、天文学者であるダリア・ミッチェルが銀河の遠い地点から放たれる信号を発見。その信号は明らかに高度な知的生命体によるもので、最初こそメッセージなどではないのかと解読などが試みられていたが、次第にそれが人類の多く(およそ30%だと後に判明する)の脳を変化させる、生物学的ツールであることが判明する。

その信号によって脳が変質してしまった人の多くはそのまま死亡したが、一部はこれに耐えて生き残り、ダリア・ミッチェル自身がその一人だったが、重力波をとらえられたり、透視能力のようなものを発現させたり、とにかくそれまではありえなかった能力を得ることができた。そうした出来事は「上昇」と呼ばれ、さらに「上昇」して生き残った人々は、パルスの送信者(優越者)によって別の次元の世界へと移行させる何らかのイベントが発生すると考えており、残りの人類との交流を絶ってしまう。

実際、「終局」と呼ばれることになるそのイベントはある時に発生する。邦題には世界から数十億人が消えた日、という副題がついているが、まさにそれが「終局」で起こったことだ。めちゃくちゃネタバレしとるやんけ、と思うかもしれないが、このあたりの情報はこのノンフィクションの前書きとして一番最初に開示されている情報であって、物語としてはこのあたりのディティールの詰めが本筋になってくる。

様々なジャンルのおもしろさがある

たとえば、パルスを最初に報告したのはダリア・ミッチェルということになっているが、実際にはこのパルスを先に発見し解析を進めていた勢力も存在することが明らかになっていく。彼らはなぜ先に気づいていて、秘密裏に調査を進めていたのか。

また、最初は地球外生命体からのパルスなどということを真に受ける人はいないから、他国からのサイバー攻撃なのではないかという疑念も大きく、計算言語の研究者を呼び寄せ解析を進めるなど、冒頭は謀略サスペンス的な展開が続く。

しかしすべての可能性を排除し、本当に地球外生命体由来のもののようだ……となると、次の疑問は「なぜ」になる。なぜ、彼らはメッセージもなくこれを送ってきたのか? 敵対的なのか、友好的なのか? そうした議論と平行して、人類の一部の脳が恒久的に変異していることも明らかとなり、その理由が深堀りされていく。

この「人類の脳が恒久的に変異していることがわかっていく」過程に、僕はヒーロー物の導入部のおもしろさを感じた。というのも、上昇を経験し能力を発現しても、その能力はみんな異なっているんだよね。ダリア・ミッチェルは重力波がみえたし、ある少年は人の内側が見えるという。祖母はそのことに怯え病院にかけこんでくるが、少年は臨床心理医や救急医療医の、骨折して入れた金属のプレートの存在も、盲腸の手術をした形跡も、避妊具を子宮に入れていることも、すべて知覚してみせた。

いったいなにが原因で、何千キロも離れた場所にいる何百万人という人たちが、ある日突然、目を覚ますと頭のなかがむずむずして、ほかの人間には感じられないものを感じ取れるようになったというんでしょう? 誰にも答えられませんでしたが、「上昇」の原因を解き明かす第一歩は、まずそれが存在するのを認めることでした。

世界中で一部の人間が特殊な能力を持って覚醒し始める──というのは、ヒーロー物の導入にぴったりだ。僕が愛してやまないシャマランの映画『アンブレイカブル』や『ミスター・ガラス』といったヒーロー物三部作を彷彿とさせる展開である。

情報をどこまで公開するべきなのか?

さて、パルスは人類を変質させ、ある意味では能力を付加しているわけで、友好の証のようにも思える。しかしその過程で大勢の人間がなくなっているし、別に能力を付加してくれと頼んだものでもない。ということは敵対的行為のようにも思える。

友好的にしろ敵対的にしろ「いま」送られてきた理由はあるのだろうか? たとえば、人類が一定のレベルに達したからなどの? それとも、人類のレベルがあまりにも低かったから強制的にアップグレードさせられようとしているのだろうか?

上昇を止めることはできない。ほとんどの人は死ぬ。優越者(パルスの送信者らをそう呼称している)に真意が直接尋ねられない以上、その意味は人間側で解釈しなければならない。そして、その次にしなければならないのは、国家が情報を公開して、明確な指針を示すことだ。では、この絶望的な状況を科学的な言葉で正直に伝えるのか、ある種の宗教のように、納得感のあるストーリーを語るべきなのか──。

そうした、国家の裏側で繰り広げられる駆け引き、やりとりが後半章ではメインで繰り広げられていくことになる。

おわりに

序盤は正直これは本当に地球外生命体のものなのか!? みたいなやりとり(こっちはそんなことはとっくにわかっている)が続くのでかったるいんだけど、だいたい30%読み終えたあたりぐらいからはもうノンストップ。続々と明かされる新情報の数々に、世界がそれによってどう変わっていったのかが描写されていき、最後の最後まで驚かされるだろう。「終局」の意味も、最後まで読まないとわからないからね。

というわけで、「こういうの好き!」という人には刺さる作品なので、是非手にとってみてね。電子書籍で買ったからあれだけど、書名だけでなく著者名、訳者名までが反転した表紙デザインも本作の構成をよく表していて素晴らしい出来。