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あなたの給料はなぜその額なのか?──『給料はあなたの価値なのか――賃金と経済にまつわる神話を解く』

自分が毎月いくらもらえるのかは、日本・世界経済がどうこうよりもよほど重要な目先のテーマである。だが、それ=給料はどうやって決定されているのか。真っ先に思いつくのは職種や立場だろう。大企業のCEOがマクドナルドのバイトよりも稼げるのは間違いない。介護職の大半よりプログラマの方が稼いでいるだろう。そうした立場・職種に加え、個人の成果でも給料は変化する、すべきだと信じられている。

しかし、それはどこまで本当か? 個人の成果はどれほど給料に関係しているのか? 介護職が重要不可欠で需要もあるのに賃金が上がらないのはなぜなのか? 1960年代にアメリカの一般的な経営トップは一般労働者の20倍稼いでいたのが、21世紀に入ると224倍から271倍も稼ぐようになったのはなぜなのか? それは本当に公平な分配といえるのか? 本書『給料はあなたの価値なのか』は、そうした給料にまつわる数々の疑問について答え、どうしたら改善していけるのかを探る一冊である。

給料を決める4要因

 自分の仕事に対してなぜ賃金をもらえるのか、という問いに対して、アメリカでは学者も働く人も給与を決める人も、個人の成果が重要だし、重要であるべきだと考えている。問題はそれが正しいかどうかだ。
 答えはノーだ。

本書では、給料を決めるのは個人の成果や個人の技量などの価値ではなく、権力、慣性、模倣、公平性の4つだとしている。権力とは文字通り会社内で権限を持つ人達が行使する力で、時にこれは従業員を縛り付ける枷になる。たとえば従業員が給与の額に不満があっても、それを発言すると上が処罰で応じる姿勢を示している時。給料の情報を公開させず、比較を制限したり同業他社への転職を禁止したりする時など。

シカゴの食肉加工工場で働く人々は指や足が切断されるかもしれない大きなリスクをおいながらも時給はわずか12ドルと低く抑えられているが、これは雇われている人の多くが在留資格に問題があるヒスパニック系の人たちで、賃金に不満があっても上に訴えることができないからだとされている。これもまた権力行使のひとつだ。

食肉加工の仕事は、第二次世界大戦末期から1980年代までは製造業の平均給与を上回り、現在の貨幣価値に換算して2倍以上だった時代もある。労働組合が結集し、食肉加工会社に対峙する環境があったからだ。ある仕事の給料が今低かったとして、これからもずっと低くなければいけない理由はない。しかし、一度決また給料は最低賃金の引き上げなどの強制的な力なくしてなかなか変わらない。それが「慣性」だ。

模倣は給料の確定に際し採用者の前職の給料を参照したり、同業他社の給料を参照することを示している。公平性はそのままの意味だが、自分だけ変わらず他の人達が昇給したら不公平感を覚えるように、従業員の感情に配慮し時に給料は大きく調整される。たとえば、最低賃金が上がり賃金を引き上げると、最低賃金より少し上の時給で仕事をしていた人たちが不公平感を覚え抗議運動が起こる。こうした4つの要因が複雑に絡み合って、ある職種/会社の給料が決定されることになる。

測定の問題

この権力、慣性、模倣、公平性がそれぞれ実際どのように給料に関わっているのかを各章で紹介していくわけだが、それと並行して行われるのが、給料が決まる大きな要因とされる「個人の成果説」などがなぜ間違っているのかについての解説だ。

個人の成果によって給料が決まるべきだというのは公平性の観点からもわかりやすいが、実際にはこれが難しいことが近年の研究でわかっている。数年前に同じくみすず書房から出た『測りすぎ』の方が本書よりも問題点について詳しいが、どんな仕事でも仕事における成果物・生産物の定量的・客観的な評価は難しく、無理やり数値評価を導入しても従業員は数字をごまかすだけだ、という研究が広く揃っている。
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たとえば外科医が成功率に基づいて報酬が決まるようになると、より複雑でリスクの高い症状を拒否するようになり、警察が犯罪発生率の引き下げを目標にあげると、現場の警官たちは犯罪を隠すようになった。ジャーナリストがWebのクリック数のみを基準に評価されたら、性や暴力を押し出した訴求力だけはある見出しを繰り返すように、簡単に測定できるもので評価を決めようとすると歪みが発生する。

働くほぼすべての人は成果によって給与を払ってほしいと思っている。給与を決める側も個人の成果をもとに給与を分配したいと考えている。理屈としては難しくない。実際には、信じられないほど複雑で、多くの場合は実施不能であり、行われているところはほとんどない。

労働組合の力

トラック運転手や建設労働者など、やることが数十年大きく変わっておらず生産性も減っていないのに給料が減っている職種がある。アメリカでは1980年から2017年までの間でシカゴとアトランタで運転手の賃金の中央値は3分の1近く下落し、建設労働者の賃金は1970年代と比べて今は1万ドル下がっている(インフレ調整後)。

そうした下落の理由としてあげられるひとつが、労働組合の消滅だ。70年代には民間の建設労働者の40%が労働組合に所属していたが、今では13%になっている。建設労働者の賃金は、労働組合を認めない企業の増加とともに下がっていった。『大勢のアメリカ人が、給与の停滞あるいは下落を経験し、もともとは良い仕事だった悪い仕事から抜け出せないでいる。念頭におくべきは、仕事の良し悪しを決めているのは、仕事固有の性質ではないということだ。それは賃金と労働環境の問題である。』

どうしたらいいのか?

重要な仕事にも関わらず賃金が上がらず困っているのは日本だけでなくアメリカも同様のようだ。では、どうしたらいいのか? 本書では、より公平な賃金を目指すため、最低賃金の値上げ、ミドルクラスの拡大、天井の引き下げの3つを提案している。

最低賃金引き上げに関しては失業が増えるとよく言われるが、実際には雇用への悪影響がみられないことを示す研究が多数ある*1。また、最低賃金の上昇が起これば、最低賃金以上の人たちも公平性の問題によって上昇し、ミドルクラスの拡大も目指すことができる(本書ではそれに加えて労働者組織の立ち上げと、バカにされがちな年功序列制度の採用も議論されている)。天井の引き下げは富裕層、経営層の桁外れの報酬への対抗で、富裕層への増税、取締役会へ従業員の代表を加えることなどである。

おわりに

給料の問題は自尊心や尊厳とも深く関わってくる。給料が高ければ価値のある人間で、低ければ価値がないと嘆く人は多いし、資本主義社会ではそう思いたくなるのも無理はないが、その考えは間違っている。給料はあなたの価値ではないのだ。

給与は、個人の成果や職業の特性によるものではなく、ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマンが言うように、「単純に需要と供給によるもの」であると同時に「社会的な力と政治的権力によるもの」であると定義しなおせば、自分の能力が足りないと嘆く必要も、自尊心を傷つけることも、幸運にもたくさんもらっている人が優越感を持ってうぬぼれることもなくなるだろう。

すべてアメリカの話なので労働組合周りなど日本と状況が異なる面も大きいが、介護職の低賃金問題や派遣会社が増えることによる低賃金圧力、最低賃金を導入することに関する様々な恩恵についての議論など、本邦とも共通する部分は数多いので、自分の現在と未来の給料についてよく理解したい人にはおすすめしたい一冊だ。