基本読書

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聖の青春/大崎善生


あらすじ

29歳で夭折した、村山聖棋士の一生。

感想 ネタバレ有

滅茶苦茶面白いわ!しかしあれだけ鮮烈な印象を残した羽生善治に、こんなライバルがいた事を知っていた人間がどれだけいるだろうか。

羽生の影響力は当時を思い出してみるに凄かったと記憶している。だれもが羽生の7冠をたたえて、それがどういう意味なのか、どのぐらい凄いことなのかを誰も理解せずに、なんとなく凄いことなのだろうという、ただ漠然とした思いだけでみんな騒いでいたのだろう。

だがわからずとも騒がせるほどの凄さがそこにはあったということだ。

その羽生に匹敵する人間がここにもいたのだ。

棋士という職業の特殊性が、必然的に表れている。どう考えてもまっとうな職業ではない。幼い頃から将棋漬けの毎日を送って、時間との戦いでプロにあがってそれからも闘いの日々だ。そんな環境に居る人間が、一般の物差しで測れるものではない。そういう事を読んでいて強く思った。変わり者の多さという意味では、将棋界が一番ではないのか。芸術の方面も結構いい線までいきそうだが・・・・。加藤一二三とかを考えるに、全員がどこかしらおかしい、という話だとどっこいどっこいかもしれぬ。

天才、などと言われているがその努力のあとを見たらその一言で片づけるのは軽いというものだろう。もちろん何度も書かれているように、天性の勘のような、勝負強さのようなものは当然持っていたのだろうがしかしあのレベルになるとそういった努力では到達できない高みというのが勝負を左右する分かれ目になってくるのではないか。だとしたら元々の才能がある事は必須条件であるともいえる。

ただ、村山聖も髪を切らないわ爪は切らないわで変なやつだが、その師匠の森も相当変なやつだ。およそまともとはいいがたいがあるいは将棋界ではまともな方がおかしいのだろうか? 

この二人の関係には本当に泣かされた。月下の棋士に出てくる、村山聖をモデルにしたキャラクターの名前が村森聖は明らかに師匠の森さんから、名前をとっているのだろう。聖の青春を読めば森の存在がどれだけ聖に影響を与えたのかが痛いほどにわかる。

しかし将棋というやつはこれがまたひとを魅了するのに十分すぎる魅力を持っているゲームで。決して死んでも自分でのめり込みたいとは思わないものの、のめり込んでいる人間を心底尊敬し、強い人間は本当に神のような存在であると思っている。格闘技やら何やらよりよほどすっぱりと決着がつく。将棋の何が、見ている人間を興奮させるかといったらやはりその、すっぱりと決着がつくというところだろう。またその過程が、恐ろしいほどの綿密な計算と感覚によって裏打ちされているというその事実がまた見ている人間を圧倒させる。

強いやつは強いし、弱いやつは弱いという単純な論理がまかり通る世界だ。

聖がつけていた日記というのが、小学生の頃の日記なのに相当しっかりとしている。自分自身小学生の頃につけていた日記を、読み返した事があるのだがひどいという他ない。あったことの羅列すら満足に出来ていないあの日記に比べれば、ちゃんと出来事をかけているだけで凄いという他ない。それにありがちな内容のぶれがない。一貫して日記というものを書こうとしないとこうは書けないだろうと思う。 小さいころから集中してやる、やることをやる、という根元みたいなのがしっかりしていたのではないか。

小学生から将棋にのめり込む人というのは、いったいどういう人間なのだろうか。他にやる事がないから将棋にのめり込んだ、というものでもないだろう。現に村山聖だって、将棋だけしかなかったわけではない。数々の娯楽の中から何故将棋を選びとったのか。同時多発的に強い棋士が将棋の世界に入っていったのは何故なのか。ちょっとオカルト的な考えに行ってしまいそうな話である。

この村山聖という存在の生き方は、ただ個人のためだけにあったわけではないと思う。挫折して、死と隣合わせに生きながら、這ってでも目標に向かっていき、さらにそれを諦めないで最後まで生きる事が出来た、というのはほかの人間にとって大いなる希望のはずなのだ。ひとりの人間にそれができたとすれば、たぶん他の人間にもできるだろう。人間にはそういったことが出来ると、村山聖は証明してみせた。村山聖という実例のおかげで、病気で苦しんでいる人間はあきらめない事を学ぶだろうし、他の理由で苦しんでいる人間も前に向かう事が出来るという実感を得るだろう。


 「村山さんはいつも全力をつくして、いい将棋を指したと思います。言葉だけじゃなく、ほんとうに命がけで将棋を指しているといつも感じていました。」と羽生は言う。

それにしてもやはり森と村山の関係がすごすぎる。森さんのエピソードで泣かないはずがねぇ・・・。いつか聖が年をとってランクを落としてきた時に、森がまだ踏ん張って二人で将棋を指す。あぁ、男の友情ってのはそういうものだったっけ。師弟愛か?まぁ何にせよこれは男にしかわからない感覚だよ。絶対に。ああ格好いい。

2008 7/9読了