基本読書

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水滸伝 五/北方謙三


感想 ネタバレ有

さぁさぁついにやってきました五巻。なんといっても注目は楊志の最期か。

死亡フラグ立てまくってたので死ぬのはわかりきっていた事だが、ここまで壮絶な最期を持ってくるとは思わなかった、というか想像をはるかに超えて「圧倒的」な最期だった。ここまで読んできた人間を圧倒するかのその描写。

もし仮にだが、北方謙三のキャラクター造型に疑問を持つ人間が読んだとしても、唸らざるを得ない場面であった。

自分自身そういう経験があるからわかるのだが、自分の嫌いな設定、展開、キャラクターであるにも関わらず、それでもなお面白いと認めざるを得ない作品がある。たとえばゲーム「マブラブオルタネイティブ」だが、キャラクターはあまりにもシンプルなうえに、主人公に全く魅力がないわ、ストーリーがあまりにも王道すぎる、本当に、ひとつも好きなところがない作品だったが、中身をみて見直した。なんというかうまく説明出来ないのだが、説明出来ないからこそ、みんなパワーに圧倒されたとか曖昧な言葉で逃げているのかもしれない。物語の面白さというものに、キャラクターの魅力、ストーリー、テーマ、の他にもまた違った要素があるのかもしれない。

同じ事が北方謙三の作品でもいえるかもしれない。こんな漢と書いてオトコと読むようなヤツらしか出てこないというのはある意味お約束でありながら、それを毛嫌いする人間も当然、いるだろう。現に解説でもそういう事を書いている人はいる。ただ、例外なくパワーに圧倒されたと言っている。

水滸伝で、これから先死んでいく仲間が死んでいくさまは本当にどのシーンも格好いいものだが、果たして楊志を超えるものは現れるものか。

これほどの存在感のあるキャラクターの五巻での退場というのは、銀河英雄伝説の二巻で死んでしまったキルヒアイスを思い出させる。楊志の事しか書いていないが、ここではもうそれだけでいいだろう。

特に楊志の最期の戦闘の描写はまるで井上雄彦バガボンド27巻、吉岡一門70名以上を相手に戦った時の絵を彷彿とさせた。それほどの衝撃だった。これほどの戦闘描写が書けるのか、と唖然としたのを覚えている。

 ふり返る。楊令。済仁美に庇われるようにしながら、顔だけこちらにむけていた。眼が合った。笑いかけようと思った。笑えたかどうかは、よくわからない。父を見ておけ。その眼に、刻みつけておけ。

格好いいと、もう何回書いたかも思い出せないが何回でも書こう。格好いいぞおおおおおどいつもこいつもかっこいいぞおおおお。しかも信じられないぐらいに。一人一人が、かっこいい。こんなのが108人もいるんだから恐ろしい話だ。

この話の中では、闘う相手にも家族がいるんだ、とか戦争はいけない事だ、とかいうそういう偽善的な話は、一切出てこない。どれもこれも志を胸に、誇りを胸に闘うだけだ。その一貫した姿勢が、心地良い。

 「われらは、この山寨を死守する。それが、総隊長へのはなむけではないか。総隊長に鍛えられたわれらが、ここを守らずして何とする。耐えろ。耐えて、耐えて、桃花山の土になれ。ひとりひとりが、その気持ちを失わずに、ここで耐えるのだ。俺を、信じろ。俺を信じて、『替天行道』の旗のもとで、懸命に闘え。じっと耐えるのも、敵と斬り合うのも、同じ闘いだ。斬り合うときは、俺が命令を出す。わかったな」
 叫び声に近かった。涙は、まだ溢れ続けている。兵たちがどよめき、声をあげはじめた。それを手で制し、周通はさらに大声をあげた。
 「われらは、梁山泊の一党。義によって、官軍と闘うために立った。その時から、命は捨てている。いいな。どれほど苦しくても、梁山泊の誇りを忘れるな」