いけねぇ、いけねぇ、この堀部ともあろうものがついぶるっちまいましたわぁ・・・。
堀部 G線上の魔王
予想を大きく裏切られた複雑な感情・・・・・
自分の予想通りにいかない''もどかしさ''と
予想通りにいかない''喜び''・・・
今は ''喜び''の方が!
深道/エアマスター
所詮闘うだけの小説だからとどこかで一線引いていたようなこの感覚。恐らくこれぐらいの面白さしか味わえないだろうという達観。すでに板垣版餓狼伝を読んでいて限界を勝手に設定していた自分。まさか三巻で、これほど興奮させられると思わなんだ。
長田vs梶原面白すぎるだろ・・いや、もう凄すぎるだろ・・・比喩じゃなく本気で転げまわったわぁ。ごろごろごろ
神々の山嶺を超えることなんてありえないという評価をどこかで下していた自分を恥じる。夢枕獏氏にしか書けない異常な緊迫感というか、流れというか、そういったもので溢れていた。第五章 死闘。 はたしてこれを超える戦いがこのあとにあるのかどうかと疑ってしまうぐらいてっぺんまで上り詰めた感がある。個人的に神々の山嶺に、勝るとも劣らないとも言えない。そんな最高の出来だった。まるで書いている本人も、書きたい事がうまくかけないのを苦闘するような意味不明な、曖昧な描写もその闘いの真剣さを表現していたように思う。何度も書くようだが、所詮シリーズ化したものという油断がどこかにあった。十何巻も出しているようなシリーズに、そんなに燃え上がるような場面があるのかと。しかも長田である。およそ名勝負を生み出すようなキャラクターには、読んでいて到底思えなかった。この二人が真剣に闘うまでの過程も凄まじい。松尾象山のプロレスは八百長発言から、長田の八百長コンプレックスとでもいうようなこだわり、セメントが始まってからの観客の反応の変化、川辺の葛藤。どれ一つとってもすげぇ。
このたった四十ページの死闘がどれほど面白かったのか、興奮したのかを説明するのは不可能だろう。
「ほう? じゃ、きみは、プロレスのあれを何だと言うのかね。まさか、きみは、このわたしに、プロレスが何であるかを教えてくれようとしているのかな。わたしは、きみが、鼻たれのガキの時分から、空手もプロレスもやっていた男だよ。そのわたしに、きみはプロレスの講義をしようというんじゃないだろうね」
「──」
「わたしは、プロレスのあれを八百長とは言ったが、舐めてると言った覚えはないよ。プロレスの恐さは、わたしはよく承知しているさ。そこらの寸止めの空手家などよりもずっとね」
さすが松尾先生だぜぇ・・・。口調が異常な雰囲気をかもしだしているぜぇ・・・。長田のプロレス八百長に対する思いは相当なものだ。滅茶苦茶おこっている、プロレスが八百長扱いされることについて。だが事実実際のプロレスはまさにスカイ・クロラのキャッチコピー、ショーとしての戦争というにふさわしい出来で、あれは言葉は悪いが八百長ということになる。ただショーとしての戦争だからといって、訓練をしなくていいはずがない。
「本気の本気をやりてえよな。おれたちが習った技を、本気で使ってもいい試合をやりてえよな。はらわたをふりしぼるような、負けちまっても、もしかして死んじまってもかまわねえような、本気の本気をやりてえよな。血を吐くような、本気の勝負を、一度でいいから、やってみてえよな・・・・・・」
なんだか言ってる事をよく読んだらただの戦闘狂だこいつ・・・だめだ・・・もう手遅れだ・・・。どこをどう読んでも危険思想しか読み取れぬ。こいつが北辰館に乗り込んでいったときに、一番最初に相手をした男、名前も忘れてしまうようなザコキャラだったが、ボディスラムで投げられ、プロレス技というのはプロレスのマットの上でくらうから耐えられるのであって、道場や道でやられたらそれは即必殺技になるのだ! というような実験台にされたかわいそうな男だったが、それにしたってボディスラムって普通に戦ったらまず食らうような技じゃないと思うのだが。いったいどれほどの実力差があったというのだろうか、長田とそのザコキャラの間に。
長田と梶原の戦いだが、やはりお互いプロレスラー同士だけあって関節技の掛け合いのようになっている。
それが驚くほど面白い。闘っている最中に長田があげたセリフといえば、ぬがあっ とかあぎっとかうごっとかおよそ人間があげるような悲鳴じゃない。それゆえに関節技の痛さ、というものまで伝わってくるようだ。しかし、夢枕獏氏、こういった熱に浮かされたような精神の描写というか、必死になって他の事が何にも考えられなくなった状態の人間の精神描写というのが、リアリティがあるとかないとかはわからないが、ひたすら真に迫っていて、面白い。この作品に限らず、である。
「折られたって、よかったんだ。このまま、二度と試合ができなくなったって、よかったんだ」
殴った。
川辺は、動かない。
そこに突っ立ったまま、長田を見つめていた。
長田の拳が止まっていた。
川辺の眼に気がついたからであった。
川辺の眼からも、太い涙がこぼれていた。
長田が、初めて見る、川辺の涙であった。
また引き分けという形で幕が引かれる。またか、という感じではある。というか、どちらを勝たすか決められなくて引き分けという形に持っていっているのではないかと邪推してしまうぐらいだ。ここぞという戦いではほとんど引き分けである。そんなことをしているからいつまでたっても終わらないんだ! と罵声を放ってしまいそうである。しかしやはりミスター・ゼンの乱入は川辺の指示であったのだろうか、って当然そうだろうな。他に指示できるような人間がおらんし、グレート巽なら別だが。誰よりも闘いたかったのは川辺だったんだ的なオチは大歓迎である。ほんとに凄まじい戦いであった。語彙が貧弱ゆえ、凄まじいという言葉しか思いつかないが、もしくは素晴らしいか。空気が伝わってくる、自分もその世界の観客、もしくはセコンドにでもいるのではないか、というような、観客の興奮が乗り移ったような。ページをめくる手が止まらない、という表現を今まで何度か使った事があるが、それともまた違う、めくったことを自覚していないぐらいの熱中度であった。
それにしても、文庫版の表紙は多分姫川なのだろうがどう見ても美川憲一にしか見えない。