基本読書

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ジャガーになった男/佐藤賢一

どうせ生など夢幻のごとくなり。悔いのないよう精いっぱい生きれば、どんな生きざまも結構至極ぞ。そののちは深山にしばし、神仙と遊ばん。
              ──P352

上は最期の一文なのだが、ここまで読み切ったあとに読むと、走馬灯のように寅吉の生きざまがよみがえってきて涙がとまらん。全力で駆け抜けた、悔いがないとこんなにもきっぱりと思えたらなんてすばらしいことなのだろう。

ジャガーになった男 / 佐藤賢一 - 誰が得するんだよこの書評
誰が得するんだこの書評でオススメされていたので読んでみる。ありがとうござましたというほかはない。ありがとうござました。

こんな超展開で泣くわけねーだろはははと思いきやあれ・・目から涙が・・・というひどい小説である。なんだこれ・・・絶対なかねーと思って防御しながら読んだのに・・・防御不可能攻撃かよ・・・反則だろ・・・。心理の動きを説明しすぎる感じはあったけれど、このラスト50ページはほんとにやばいなぁ・・・。今まで生きてきた人生を振り返りながらも、後悔せずに先へ進み続けるその信念が、最初の志からまったくブレることがない。特に歳のことを意識しはじめ、今までの清算のような戦いを始めるからこそ、泣けるのかもしれない。

死にぞこないの青のように、相手に立ち向かっていくという姿勢がまた良い。

 いや、殺されてなるものか。寅吉はぎりと奥歯を噛んだ。愚かにも純粋なラトは、こんなにも若くして死んだ。あんなに汚い連中だけが、のうのうと生きのびていく。それが世の中の法則だとしても、わしだけは屈してなるものか。

思い返してみれば、最後の超展開の連続はほんとに凄いなぁ。ラト、オーネと密会。ラトが突撃して死亡。実は味方親分の策略だと寅吉知る。攻め込んだら敵が親友と元従者。和解したとおもったら後ろから撃たれる。しかし従者がかばって死亡。その後斬首刑になるが、自ら切腹し、親友に首をかっきられて死亡。これだけの展開がほんの50ページに詰め込まれていたとは今でも信じられん。んなアホなーと思いつつも涙が止まらんのは人間の生理反応とでもいうべきか。泣くのって簡単だな。んなあほなーといくらおもったって長年慕っていた従者が自分のことかばったらそりゃ泣きますよ、ええ、泣かないはずがないですよ。

1ページ目から、こんな雰囲気の小説読んだ事ないと驚く。本格西洋歴史小説っていう分野なのか、小説の世界ってのは驚くほど広いな。ベニトの考え方とか、イダルゴの概念とか、女たちの貞操観念とか、どれひとつとっても新鮮で驚く事ばかりだ。こんなイダルゴなんて連中ほんとにいたのかよ、と疑いたくもなるが日本に武士がいたっていうことの方がよくよく考えてみれば奇想天外な話である。

余談だがイダルゴをWikipediaで検索すると、人名のミゲル・イタルゴが最初に出てきて、こいつは笑えることにチワワで処刑されたとある。もちろん地名なのだがチワワっていうと犬のチワワしか思い浮かんでこないので笑える。

ラストまで読むと寅吉すげぇ男だ! と思うが、よくよく考えてみれば戦いに赴くために米を捨てるわ、エレナは放っといて戦争に行くわ、しかもエレナはそれのせいで狂うわ、ネラは惚れさせておきながらすぐに死ぬわで女にとっては最低の男だな。まぁ悔いがないように精いっぱい生きた結果だからこれでいいんだろうな。女たちはよくないだろうけど。特にエレナは可哀そうったらないね。すげぇ男とひでぇ男は両立できるものだ。
それだけならまだしも、実のところただの戦闘狂だから始末に負えない。それ以外のところはすばらしい人間なのに、すべての失敗はこの戦闘狂というところから来ている。やはり人間誰でも弱点があるということか。まぁでも戦闘狂とすげぇ男も両立できるものだ。

第三部、黄金郷になってから突然雰囲気がガラっと変わる。そりゃ舞台が変わったんだから当然なのだが、今まで西洋の舞台で闘っていたのに突然インディオ達と共闘しはじめたらあまりのギャップにこっちだって驚く。裸の女たちを見て欲情する描写があるが、どうなんだろうなそれは。テレビでたまに女も男も裸で暮らしている部族がうつることがあるが、まったくなんのリビドーもわいてこないのだが。実際間近で見たらそうなるのかね?

死刑場へ向かうときの、ベニトと寅吉の会話は泣ける。こんな切羽詰まった時だからこそいつものようにエロ談義をしているのを見ると笑いが込み上げてくるやら泣けるやらでどーしょーもない。さらにやばいのは切腹の場面である。

 「とくと、ご覧あれ」
      ──P348

あまりにも場違いな発言すぎてこれまた泣けるやら笑えるやらで。でもやっぱり武士だったら、死ぬまで武士だったならこの選択は当然至極で。本当は、最初の20ページぐらいを読んだ時は自己犠牲の精神を発揮して敵軍かどっかに突入していって終わるんだろうな、ありきたりだな、とかおもいながら読んでいたのだがまったく予想外。さらにいえばこんなに熱中してしまうのも予想外。