
- 作者: 新田次郎
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2006/01/10
- メディア: 文庫
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「それはもう数えられないくらいいるだろう。だがそのような測量隊の苦労話は誰も知らない。地図などというものは、山の中をごそごそと歩いている間に自然に出来てしまうものだぐらいにしか世間では理解していない。また地図というものさえ知らない人が多い」
山がまだ未知のものだった頃の物語。明治四十年というとあまりスポットの当たることのない時代だが、こんな男たちがいたのかと目を見張る。またこの時代の人たちがなにを考えて、どんな習慣で、どんな倫理感の下で暮らしていたのかも伝わってくる良作。オカルトやら何の根拠もないうわさが駆逐されはじめて、科学がようやく発達しはじめたある意味面白い時代でもある。今でこそ未知の場所というと、地球では海の底だったりもしくは宇宙の果てだったりするけれど、この時代は日本にある山ですら把握できていなかった。未知のものを追い求めるのはいつの時代も変わらないようだ。今まで読んできた登山小説はどれもこれもすでに山は測量されており、頂上に至るルートはある程度確定されていた。そこからは単独登頂などのいわゆる縛りプレイの領域である。だが明治四十年というとまだ山は誰も知らない、頂上に誰も登ったことがないという山がある有様であり縛りプレイとはまた違った頭の使い方、努力の仕方が必要になってくる。それがまた面白い。淡々とすべてが表現されていき、どこかが盛り上がるということはない。その反面大事なところが平等に語られていて、主人公の生真面目さなどが伝わってくる。上で引用したセリフだが、確かに知らなかった。地図は普通に使っていたが、誰がこれを作ったか、山の詳しい地形図を誰が測量したのかなんて考えたこともない。生まれた時から地図があったし、また地図をそれ程必要としてもいなかったから。今周りに溢れているものはすべて昔の人の努力あってこそだということがよくわかる。