基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

ひとりっ子/グレッグ・イーガン

ひとりっ子 (ハヤカワ文庫SF)

ひとりっ子 (ハヤカワ文庫SF)

 気持のよい衝撃が駆け抜けていくイーガンの短編集。これで一応短編集は全て読んだことになる。これからは長編に取り掛かろうか。ディアスポラは意味不明すぎて投げてしまったんだよな。「行動原理」「真心」はどちらも似たような雰囲気と、扱っているテーマも似通っていることもあってあまり記憶に残っていない。ただ真心はサイエンス・イマジネーションでの川人光男さんの問いかけである、人間が自分で幸福をいじれるようになるという現実を社会はどのように受け入れるのかを端的に表しているようでとても感動した。ついでに言えば夫婦の葛藤が、凄い描写だなあと舌を巻く。イーガンといえばハードSF描写が肝であるといえるが、その影でこうした人間観察の上に成り立つであろう心理描写の方も鋭いことに今さらながらに気がつくのである。本書全体での悩みといえば、「選択をするという事は、選択されなかった自分を殺すことである」だろうか。宇宙消失でしつこいほど繰り返されたこの禅問答のような悩みが、またしても繰り返されることになる。「決断者」なんかは特にその傾向が強いか? 反面「ルミナス」のような凄すぎる計算が行きつく先はドラゴンボール的力と力の押し合いであった、みたいなとんでもねー短編まで出てくる始末である。表題作でもある「ひとりっ子」などは今まで通り多世界解釈の問題を大量に含みながらも、「鉄腕アトム」の頃から延々と表現されてきた人間と機械のイーガン流表現が素晴らしい。

真心

<<ロック>>という装置によって、感情を凍結することが出来るみたいな話。アプロみたいな能力であるが、実質的な科学のように書かれている。神経ニューロンをなんとかするとかかんとか。これで幸福な状態でずっといる事も出来るし、一生愛しているよ、なんていう言葉を文字通り一生愛している事が出来るのである。結婚した相手にこんなこと言われたら、あなたは私の事を信用していらっしゃらないと? とでもいうような気分になるだろうがつまりはそう言う話である。事実人を愛する事は簡単だが、愛し続けるのには相当な努力が必要である。だったらわざわざ努力しなくても愛し続けるようにすれば? ってそりゃそうなんだけどね…。主人公はここでも考えることになる。愛という感情にロックを使う事は未来をハイジャックする行為ではないか? 未来の自分に有無をいわさずに感情を押し付ける。人は時が経てば変わっていく、変わらざるを得ない。未来の変わっていく自分を失うことになるけれど、今の自分を永遠に残すことになる。これすなわち不死である。などなど。
仮にこれが実際にあった場合の未来予測というかなんというか。社会がどのように受け入れるかについてイーガンはこう書いている。

 インプラントの需要が途切れることはなかった。大衆は、形成過程に口をはさめなかった自分という存在に、とうてい満足などしていないようだ。ひとたび脳に対する畏敬の念をのりこえるや、裕福な国家の何億という消費者が、このテクノロジーをもろ手をあげて歓迎した。

が、万人ではないとしてこれが人間性を失うものとして嫌悪している人や、自分に改変する必要があることを頑として認めない人がいるなどと書いている。まあそれはそうだろう。形成過程に口をはさめなかった自分に満足していないというのはなかなか面白い話で、自分に満足していない人間が多いのかそれとも自分には今まで満足していたが、これがあることによってさらに高めたいと思ったのかどちらなのだろうと疑問に思う。

ルミナス

読んでて笑ってしまうようなスーパーバトル。大気中に散らばっていると思われる見えない圧倒的な「何か」。この描写がすさまじい。とにかく「何か」がある、それだけで興奮が止まらないのに、書きかえる! とか書き変えることによって私達の脳さえもがなんちゃらかんちゃらー! うおおやべえええ。

ひとりっ子

AI問題が一番気に入ったのだけれども、これはある意味多世界解釈で、選ばれなかった自分の死を悼み続ける展開の回答でもあるような気がして見過ごせない。大勢の人間に罵倒されながらも気丈に振る舞うヘレンはかっこえーし、思春期になって相応に親に反逆して出て行って、危険な目にあって父親に助けられるーなんていう展開も王道っぽいし(中身はなんか凄いことがおこってるが)最後親子がわかりあって前向きになるヘレンがかわえーしで一番エンタメしてたんでねーかな。AI問題について何かの気持ちの良い解決が与えられたわけではないけれど、

 「たったいま、ほかのバージョンの自分はこの同じ場面でもっとうまくふるまってるかもって考えられたら、あたしがもっといい気分になると思う?」笑顔になって、「ほかの人がいい思いをしていると知って、ものすごく心安らぐ人なんていないよ」

父親に対するこの返答はやはり心地よい。