トーマの心臓 Lost heart for Thoma (ダヴィンチブックス)
- 作者: 森博嗣,萩尾望都
- 出版社/メーカー: メディアファクトリー
- 発売日: 2009/07/29
- メディア: 単行本
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今のところ僕は詩が理解できません。まあ理解できないと言い切るほど詩を読んでもいないわけですが、詩を理解する才能がないともいえます。『詩にしろ絵にしろ、好きだと思える人には才能がある』詩がいいとかわるいとか、おもったことがありません。
それでも森博嗣はいいと思える。ただどこがいいのかはわからない。たぶん森博嗣のファンは、自分なりの森博嗣が好きな理由があると思うのですが、恐らくそれはかなりバラけているのでしょう。『自分はここがこうだと思うから好きなのだ…』と思っても、多くの賛同は得られそうにない。だからこそ口をつぐむ、ここがいいんだといえない、しかしそういった人それぞれに解釈がわかれるところが森博嗣の面白いところなんでしょう。ああ、解釈などという硬い真面目なところじゃなくて(そんなに解釈するほど内容がないし、少なくとも村上春樹よりは)感じ方が他の作者よりバラける、ぐらいだと思うのですが。まあ要するにただただ抽象的なんですな。
内容紹介に戻ると、とても森博嗣的、たとえば登場人物の思考などは当然森博嗣のそれなのですが、恐らくストーリー展開は原作をなぞっていますのでその部分は萩尾望都的となっています。これがまたうまく調和している、と感じました。特にこのラストの方の爽快さは、御都合主義のようなといっていいかどうかわかりませんが、こういったちゃんと目に見える形での決着がつくのは森博嗣作品には未だかつてないものです。このラストが読めただけで買って良かったな、と思いました。
美しい物語って考えてみればよくわかんないですよね。文章が美しいというのならまだわかる気がしますが、美しい物語? 美しい女性とか、美しい木々などの目に見えるものならわかりやすい、伝えたい相手に見せればいいわけですから。しかし美しい物語は眼には見えません。見えないものは人に伝えることはほぼ不可能です。たぶん僕がこの本の美しいと感じたところについて必死に書いたとしても、10パーセントも伝わらないでしょう。フィクションでしか表現できない部分は、こういう所を言うんでしょうね。なので文章に出来るところを書きます。
たとえばテーマ。孤独と自由、といったところでしょうか。帯には『愛と孤独』『生と死』に苦悩する若者の内面を森博嗣的世界観で描いた傑作──などと書かれていますが、生と死なんて言われても漠然としすぎていて捉えどころがない。語るところが多すぎて逆に語れない。もう一つ本書に自分がテーマを見つけるとしたら『距離感』、でしょうか。『バランス』といってもいいかもしれません。たとえば、孤独が無ければ人は安心できませんが、かといって孤独しかないと死がやってきます。不自由があってこそ自由があります。でも、不自由だらけになっても自由はありません。死を意識しないで生きることはできません。しかし、死を意識しすぎると死んでしまう。そういった無くてはならない、距離を慎重に測らなければいけないものの間であっちにふらふらこっちにふらふらする若者の物語でした。そしてそのふらふらするのが、個人的な感想ですが非常に美しいと感じました。それからなんといっても絵。全部鉛筆書きなのですが、生のまま描かれているそれが純粋なエーリクのようでとても良かった。