- 作者: 養老孟司
- 出版社/メーカー: PHP研究所
- 発売日: 2009/02/14
- メディア: ペーパーバック
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理論の受け入れには四つの段階がある。
1 役立たずでナンセンスだ
2 興味深いが間違っている
3 正しいが大したことじゃない
4 だからいつもそう言っていたじゃないか
──J・B・S・ホールデン
読まない力
読まない力とは何かについて考えてみる。紀元前の哲学者であるソクラテスなんかは、本…だけじゃなくて文字を信用していませんでした。本を結局生涯一冊も書かずに、今残っている彼の言葉はすべて人に伝えられて、人が残したものです。何故そんなに文字を信用してなかったかというと、文字に残してしまうことによって人間の思考力が衰えるから、といいます。
現代は文字が溢れかえっています。書籍の出版点数も五十年前と比べると七倍近くになっています。新刊だけでもそんなにたくさん出るようになっているのに、過去の名作もどんどんうず高く積みあがっていきます。時代が経つごとに人が「読んでいないと恥ずかしいもの」が増えていって、正直そんなに古典の名作ばっか読んでられねーよ、っていうのが現状だと思います。
そう、読んでられねーよ、な時代だからこそ「読まない力」なのではないでしょうか。読まずに、理解する。パスカルもソクラテスもマルクスもトルストイもドストエフスキーもフロイトも、読んでいないと恥ずかしいと言われるような(知識人の中では)ものを、「読まないで」「理解する」その方法にアクセス力こそが、読まない力なのだ!!!
↑のようなことは別に書かれていないのですが、本書のタイトルは割と的を射ているかなーと思います。それはさっきも書いた「物事の本質」をつかむ力がすぐれているせいです。「物事の本質」とはそもそも何でしょうか? 僕も考えたことがないのでちょっと考えてみると、根っこ、ですかね。ってこれじゃあ言い換えただけだよ。何かの事象を別の事象に置き換えても成立するもの、それが本質ではないかとちょっと思ったりもしますが結構適当な意見です。このタイトルが的を射ているなーと感じたのは、そういう色々な「物事の本質」を、自分で一つ一つ読む代わりに養老孟司さんに読んでもらって、そこにアクセスしている、つまりこの短い一冊の新書「だけ」読んで、他の多くの本を読まずに済ませているんじゃないかと。結果的にそれは「読まない力」です。そんな感じ。