基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

イングロリアス・バスターズが面白いぜ

 とくに熱心な映画ファンというわけでもないぼかぁタランティーノ監督の映画はこれが初めてだったりするわけですがすごくおもしろい。キル・ビルなどのイメージだと、アホなモチーフでアホで派手なことばっかりやってウケるような映画監督なのだろうなあと思っていたのですが、この映画ではクールな緊張感のある会話の場面が大部分を占める。それがまた最高で、それとはまた別にイカレタ人間たちがイカレタままイカレタナチ共をぶち殺す爽快感がある。いや、これはもう爽快感と言ってしまってもいいと思う。映像として描写されるものの中には思わず目をそむけたくなってしまうようなものまで画面にうつってくるのだけれども、しかしそれが同時に行われるユーモアによってうまく調和されていると感じる。イカレタナチ共をぶっ殺すのもまたイカレタ男どもなのだけれども、その首領であるブラッド・ピットがまたイカス。演技のキレなんかはどう評価していいのかわかんないんだけれども、最後の場面なんかはぼかぁ笑いが止まらなかったし、いや、最後だけじゃなく、ブラッド・ピットが画面にうつっているだけで笑いが止まらんのだよ。それぐらい存在感、映画の中での立ち位置が特異で、凄い演出だと思う。「何をやらかすかわからない存在」という意味で。

 当然悪役の存在感も凄くって、↑のキャラクターはランダ大佐という男で、ナチでは「ユダヤ・ハンター」というなんともいやぁーなあだ名を持っている鬼畜なのだけれども、彼もまた最高なわけで。どこがどう、と言われてもこれが全然わからないのだけれども。とにかくキャストは抜群に良かった。これは確か。あまり重要でないキャラクター達も、みんな顔が特徴的で、一目見ただけで「おっ」と思うような奴らばかり。

 そうそう、この映画、実はほとんど会話で構成されているのだけれども、それが面白いといった理由の大半は「言語の違い」から来る緊張感が前面に押し出されているからということが大きいと思う。この映画、色々な言語、たとえばイタリア語だったりフランス語だったり英語だったりが入り乱れるわけだけれども、どの言語をどの程度使えるのか、というのは戦略上、交渉術上とてつもなく重要な要素となって会話を彩るわけで。たとえばフランス語しか話せない人間がいる前でなら、どうどうと英語でそいつらを殺す相談をできるわけであって、またドイツ語が喋れるフランス人がいればそいつはドイツ人に化けることができるわけで、そういった言語のレベルでの化かし合い、そういうのがほんとにおもしろかった。もちろん、それだけではないんだけどね。そういう意味ではこの作品に出てくるランダ大佐は、ドイツ語、フランス語、イタリア語、英語を話すことが出来る。これはこの作品で出てくる言語の中では全部使えるっつーことで、他のせいぜい二カ国語しか話せない奴らからしたら作品中では圧倒的な優位となって現れる。やっぱり、悪役っていうのは強大な力を持っていないといけないですよな。この場合悪役の力っていうのは言語力と、交渉術、あとはまあ探偵としての能力なわけだ。すばらしい! というところで締めます。