基本読書

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マルドゥック・スクランブル―The First Compression 圧縮

 映画化記念に読みなおす。漫画を読んでいる時興奮しっぱなしだったけれど、文句なしの大傑作だと思う。これ程力の入った作品には、そうはお目にかかれまい。マルドゥック市という無法者が集まる街で、賭博師シェルに騙されて殺されかけた娼婦バロットが、武器に変身できる意志を持ったネズミと一緒に犯罪を追及していくといった話です。ジャンルとしては能力バトル物に分類できるかも? 途中からギャンブルが話の主流になったりと、ひどくあっちこっちに話が飛ぶのですが、しかしその軸が決してブレていないので面白いです。腕がはじき飛ぶガンアクションと、ギャンブルの精神的勝負の間に一本筋が通っている。そのあたりのことは二巻とか三巻で書きます。

 ひどく暗い話です。町の雰囲気とかも全部暗いんですが、何より出てくる人物全員にほとんど救いがない。主人公である少女娼婦バロットは親からは犯され兄は刑務所に行き娼婦として暮らしていたところを拾ってくれた金持ちにまた殺されかけるという最悪な人生。相棒である武器に変身できるネズミウフコックは、武器として生み出されたせいで、意志があるのに道具としての自分しか自覚できない。そのせいでウフコックは常に自分のことを言う時に「それが俺の有用性だ」という言い方をする。

 核心に踏み込んでしまえば、この作品のテーマは「生きるとは何か」であると思います。あるいは、「何のために生きるのか」。生きるの部分を「戦い」に変えても何の問題もないですが、まあそんな感じです。バロットは一巻の時点ではひどく受動的な人間なんですね。「命令してくれ」と何度も思ったり、言ったりします。それは今までのひどい人生から、自分で要求しても何も通らないせいで殻に閉じこもった当然の帰結なわけですけれども、そのせいでバロットは「このまま死にたくない!」と思っても「生きたい!」と願う事はない。こんな自分は嫌だと思っても、じゃあどんな自分がいいのか、自分ではビジョンが持てない。それはウフコックだって一緒で、武器として作られたネズミに意味があるとすればそれは武器として使われるためだけなんですよね。武器が人を殺傷するために使われなかったら、それは武器ではない。そのせいでウフコックも、自分について何か説明する時に必ず「それが俺の有用性だ」という言い方をする。「有用性」は、道具にしか使わない単語ですよね。

 そうやって道具として扱われてきた人たちが、自分で生きるってなんだろう、ということを問い直すお話だと思います。だからこのお話はどうしたって凄く暗い。何しろ導き手がいないんですから。傷ついた者同士が傷ついた者同士傷をなめ合っている。それでも敵が愉快ならまだ救われるかもしれないのですが、敵はザ・ハードボイルド、みたいな男です。重力を操って、バカでかい銃を撃ちまくる。「虚無だ」が口癖で、人が死んで、何もない状態を非常に好みます。ブラックホールみたいな男です。おそろしい! こいつを主人公にしたマルドゥック・ヴェロシティという話もあるので、そちらを読めばもっと作品が面白くなると思います。ぼくは読んだけど忘れちまいました。

 全部読んだのはもうだいぶ前のことで、お話も自分が読んで何を考えたのかも覚えていません。なので今のところはこれぐらいしか書くことがない。また全部読んだらまとめてみたいです。それにしても武器として生み出されたにも関わらず意志を持って悩むっていうのは「ソウルイーター」でこそ描かれるべき内容じゃないかと思いましたけれどもまああっちはあっちでまったく別の事をやって面白いのでそれは野暮な話ですな。