小川一水が書くパンデミックSF。201X年、謎の疫病が世界中に蔓延する。致死率は90%を超え、感染率はインフルエンザの8〜9倍というほとんど絶望的な状況の中で翻弄される人間たちが描かれる。通常考えられないような状況に叩き込まれた人間たちが、必死に抵抗をする姿、その心情描写に心を打たれる。というか、息が詰まる。苦しい。助かった、希望が見えた、と思った先につながっている「巨大な何か」がこの作品、シリーズを引っ張っていて、そこにたどり着けない限り救いは与えられない。
2とついていることからもわかるように、全十巻からなる天冥の標シリーズの続きものだけれども、この作品単体としても読めるようになっている。災害の発生、そして復興というテーマは「復活の地」でも書かれていた。ただこちらはもっと容赦がない。なぜなら、抵抗という抵抗がほとんど何の身も結ばないからだ。抵抗をしていないというわけではなく、抵抗手段がほとんどないことが原因で。対策は隔離しかなく、奇跡的に回復しても菌は身体の中にとどまりつづける。その菌のもとはまったくの謎──。
201X年を舞台にしているということは、わたし達が生きているこの時代とそう大差ない。そんな現実と重ね合わせて、想像を超えるパンデミックを演出してみせることで、この作品に耐えがたい緊張感を出していたように思う。もうほとんど忘れかけているように思うけれど、インフルエンザが拡大したのもつい最近。致死率の高くないインフルエンザだったからこそ、最悪の状況にはならなかったけれど、もっともっともっと強力で、対処しようがないウィルスが蔓延したらどうなるのか。そんなことがあり得るのかどうかはともかくとして、やっぱり想像してしまう。
この作品ですごいと思ったのは、ありえるかもしれない未来を、さも本当にあったらどうしようと想像させてしまうところにある。わたしはその点にこそ物語の、物語である真価あると考える。それにしても、世界中で発生するアウトブレイク、つまりは感染拡大、そんな状況になったら、いったいぜんたいどうしたらいいんだ、と頭をかかえるが、しかしわたし達は実際問題、パンデミックの状況下にいても、出来ることは多々あれど、一人では局面を変えるほどの行動を起こすことは難しい。そういう大多数の、無力な人の気持ちを代弁するように、主人公であり医師の児玉が、傷つきながらもひたすら前へ進んでいて、その姿に思わず感動してしまう。無力な人間の無力な悩みをすべて聞き入れ、それによって自分自身深く傷つきながらも前へ進む姿にわたしは自分を託すのかもしれない。
- 作者: 小川一水
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2010/03/05
- メディア: 文庫
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