基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

モダンタイムス

 伊坂幸太郎の『モダンタイムス』めちゃくちゃ面白かったです。個人的に読んだ伊坂作品の中では、もう一番好き。『あるキング』と『SOSの猿』は読んでいないけれど。モダンタイムスは『魔王』から何十年後かの世界で、リンクしている部分もあるけれど基本的にはこの作品だけで楽しむことが出来ます。残虐な場面や、悲しい場面にも必ずユーモアを入れてくる伊坂幸太郎の作風は健在で、その点が彼の作品をもう一段上の面白さへと引き上げているように感じる。世の中の多くの物語には、ユーモアが足りないとわたしは思うが、伊坂幸太郎にはそれがある。

 うーむ、それにしても自分でもどこが、この作品をあえて今までの伊坂幸太郎作品の中で一番好き、といわしめるのか謎です。まず『魔王』での問題を先に進めたのが一つ。現代でわたし達はある意味システムに、村上春樹的に言うならば壁に立ち向かっている。ライン工事をしていて、何を作っているのかもわからずに眼の前の仕事を黙々とこなしているが、実は作っていたものは最終的には人を殺す道具になっていた、というようなことが容易に起こるのだとかそんな感じ。『魔王』では、自分が何をしているのかもういちど良く考えろ、といって『モダンタイムス』では良く考えて、問題が見えてきたとしたらそれに対して勇気を振り絞り、行動しろいっている(と思う)

 この『モダンタイムス』と前後して出たゴールデンスランバーは、娯楽作品としては一級品だったけれど中で何が起こっているのかはよくわからなかった。なぜかといえば主人公を陥れるキッカケとなった「システム」に対してまったく触れていない、主人公が終始逃げ回っているだけで、何から逃げていたのかは最後までわからない。伊坂幸太郎がこの作品をゴールデンスランバーとの二卵性双生児のようだ、というのは、この作品がゴールデンスランバーで書かれていなかった「システムとは何なのか、それに対して人間はどう対抗すればいいのか」を書いている点だと思います。その分、娯楽性としてはちょっと薄いのかも。残念な点は、伊坂幸太郎さん自身もはっきりとつかめていないのかやけに説明が長い点だけれどあまり気になりませんでした。

 テーマ的な部分は終わりにして、やっぱりわたしにとってこの作品を特別なものにしているのは、主人公の奥さんなのではないかと思った。彼女がこの作品を読み進める原動力の9割を担っていると言っても言い過ぎではない。冒頭、主人公は見知らぬ男に縛りあげられ、拷問されそうになるのだがそれはその奥さんが依頼したことなのだ。なぜなら主人公が浮気した証拠を、自白させようとしてであって、どこから雇ったのかわからないがプロの拷問師を夫に差し向ける。しかもそれをまったく悪びれもしない。正直言って恐ろしいわけだが、なぜだか主人公は「離婚だ!」とも言いださずに粛々と結婚生活を続けている(そんなこといったら殺されるからか?)。

 彼女は最初っから最後まで不可解な存在で、まるっきりのび太に対するドラえもん的役割をになっている。得体の知れなさはドラえもん級なのに、実は22世紀から着たの、とか、実は超能力があるの、とかいう設定は語られない。素で不可解な存在なのだ。根底にあるのは主人公に対する「愛」だが、それだけで説明していいものだろうか……。そもそも、ドラえもんほどのび太(主人公)に教育的姿勢をみせるわけではなく、自分のやりたいように、自由にふるまっているだけなのだが監視社会をテーマにして全編を書いている不自由極まりないこの『モダンタイムス』の中ではその点がとても魅力的に見える。特に最後の彼女の大立ち回りなど、読んでいて思わず「おいおい……そんなんありかよ」思ってしまうような荒唐無稽なのだが、不思議と嫌な感じはしない。むしろ凄く良い。素晴らしい。

モダンタイムス (Morning NOVELS)

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