SF論を扱った本書。なぜSFはこんなに面白いのか? そのカギは、「センスオブワンダー」にあるのではないか? だとしたら「センスオブワンダー」とは何か? よく同じものだといわれるファンタジーとSFの違いは何か? いったいどういう過程でSFは発生したのか? どういった物語が、面白いといえるのか? そういった数々の疑問を徹底解剖、解析したのが本書『思考する物語』です。センスオブワンダーとは何か? を解析したところや、ファンタジーとSFの違いについて語ったところも非常に面白かったのでそのうち書きたいのですが、今回は「面白い物語とは何か?」を扱ったところを書き残しておきたい。
筒井康隆に「冬のコント」という短編がある。港町の高級レストランを舞台にしたブラックユーモアの作品である。ここでは高級レストランの一般的な姿(すなわちスクリプト)が異常な客の登場でメチャクチャになる過程が描かれる
レストランのスクリプトにおいては、お客は空腹で、食事を目的としていることになっている。しかし、この作品の客である中年夫婦はそうではない。殊に夫は、食事などどうでもよく、妻の不倫を糾弾することしか頭にない。そのため、スクリプトどおりの対応しかできないレストランのボーイはしだいに錯乱していくのである
あるいは逆に考えることもでいる。夫婦喧嘩というスクリプトを基準にしてみると、この夫婦は場所を間違えていることになる。家の中なり、自動車の中なり、二人だけの空間でやるべきことを、第三者がたびたびやって来て、料理の説明をしたりするようなところでやっているのだから
つまり、この作品は二つのスクリプトをごちゃ混ぜにすることで成立している。プライバシーが保たれる場で行われるべき夫婦喧嘩と、プライバシーの保たれない場であるレストランでの食事という根本的に相容れない取り合わせが同居する混乱を、読者は面白がるのである。──50P
スクリプトとは、シンプルにいってみれば「慣れ」のことです。朝起きて、トイレに行って、顔を洗って、朝食をとって、歯を磨く。こういった一連の動作をわたし達はほとんど無意識にやってみせる。当然その一連の動作の中で、わたし達は「面白い」などとは思わない。歯磨きおもしれーー!!! とか思わないでしょう。同じ物語を何度も何度も聞かせられたら飽きてしまうのと同じように。だとすれば、面白いと感じるためにはそのスクリプトからの逸脱を目指さなければいけない。
もちろん、上で書いたようなスクリプトの混乱が起こった作品だけが面白いというわけではありませんし、冬のコントの面白さがスクリプトの混乱だけにある、といっているわけでもありません。スクリプトの混乱が起こらなくても面白い作品はたくさんあります。冒険ものや探検物、誰も経験したことのない状況に直面するとき、スクリプトは存在しない。それらに共通するのは「新しい経験」と言えるでしょう。
新人賞に応募された作品全体の選評として、「もっとお前らオリジナリティがあるものを持ってこい!」言われることがありますが、オリジナリティと一言でいわれてもよくわかりません。個性と解釈すれば、その人が作れば、どんなものだってその人にしか作れないものなんですから、誰にだってオリジナリティはあるでしょう? だったらオリジナリティってなんじゃい? と思ってしまう。
まあ要するに「まだ誰もやってない、新しいものを持ってこい!」ということなのでしょう。多くの人はそれを「いまだかつてない突飛な設定」を持っていくことで解決しようとしますが(想像で語っているけれど)、でもでも新しいものって、わたし達の経験する日常的なことから充分に引き出せるものなんじゃないかな、とこれを読んでいて思いました。そこで重要なのは、どれだけ意外な組み合わせを考えることができるか。
一例として、マクロスの河森監督のインタビュー(空を「青以外」で塗らせるのは意外に難しい:日経ビジネスオンライン)ではこんなことを言っていました。
異質なもの同士を掛け合わせることで、未知のものが生まれていく
河森 何か新しいことをやろうと思ったら、足し算じゃなくて、掛け算がいいと思うんですよ。
何かと何かを混ぜるときに、すごく異質な組み合わせをやってみるというのが1つの手ですね。「歌」と「武器」を掛け合わせるとか、本来成り立たないはずのものを合わせることで、化学反応が起きて、その両者ではない新しいものが生まれていく、僕はそこが好きなんですね。
水と油を足して、ドレッシングになるのか、化学反応を起こして別なものになるのかというのが勝負どころで、化学反応レベルまでいければかなりのエネルギーが出るし、核融合までいけるともっとすごい爆発力を生むという感じなんですよね。どれほど違うものを掛け合わせられるかだと思うんですよ。
ここでいう「異なる要素のかけ算」っていうのが、スクリプトの混乱といえるでしょう。戦闘機やロボットが戦う、というのは昔からあるお話の典型で、基本的には足し算なんですよね。ロボットといえば戦うんだろう? だって、ロボットだもんな、というスクリプトがすでに出来上がっている。ロボットが戦えば面白いんですよ。でもそれは、革命的な面白さではない。そこに歌を持ってきた、っていうのは今まで何気なく見ていたけど、マクロスって凄いな、と思いました。河森監督のインタビューも、『思考する物語』もどちらもえらく面白いのでぜひぜひ。
思考する物語―SFの原理・歴史・主題 (Key library)
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