基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

人はみんな宇宙の始まりが気になる──『宇宙創成』

 『フェルマーの最終定理』『暗号解読』と傑作を立てつづけに出したサイモン・シンでしたので、期待しすぎるほどに期待していたのですが、見事に答えてくれた。本書は宇宙創成の原因の現在における最有力候補だと見られているビッグバンモデルが、どうやって生まれて、どうやって承認されていったかを書いたノンフィクションである。と同時に、多種多様な変人達が織り成す人間ドラマ、物語としても読める。サイモン・シンが多くの国で、多くの人たちに読まれるのは、人間ドラマを組み込んだあたりに理由があるのだろう。ビッグバンモデルを知りたい人はもちろん、ビッグバンモデルを数学的にも科学的にも別に理解したくない人も、熱い科学者たちの活躍ぶりには思わず胸が熱くなるはずだから。

 『フェルマーの最終定理』しかり、『暗号解読』しかり、サイモン・シンが書くノンフィクションには常に「歴史に埋もれた人々を発掘」しようとする意志が感じられた。「あなた達は知らないだろうけれど、今にいたるまでには影ではこんなにたくさんの人間が努力して、必死になんとかしようと関わっていたのだ」という当たり前の事実を教えてくれるのがサイモン・シンのノンフィクションのいいところで、本書でもそれは遺憾なく発揮されていた。コペルニクスケプラーの間をつないだティコ(余談だがこいつはおしっこをがまんしすぎて死んだ)であるとか、ビッグバン・モデルの生みの親となったジョルジュ・ルメートルフリードマンであるとか。通常あまりピックアップされない「功績の元を築いた人」をピックアップしてくれる。誰かの発見の元には常に誰かの発見や努力があって、ビッグバンモデルの業績を誰か一人に貢献することはできない。それを伝える為に本書はなんと、世界の始まりを説明しようとする紀元前600年前の中国の「神話」から話が始まるのだ。全ては神話から、つまりは物語から始まった。

 神話から着々と積み上がって行く人間ドラマも最高に熱くて、細かい逸話で語られるその当時の人々の、一つの発見で常識がガラっと変わってしまう「驚愕」は「センス・オブ・ワンダー」の感動が味わえるのだが、この本が面白い理由のもう一つは、「宇宙創成」というテーマの壮大さにある。正直言って、わたしなんかは宇宙の始まりや宇宙の成り立ちを考えただけで胸がわくわくして眠れなくなる……こともないけれども、胸が熱くなる。多分大なり小なり他の人も同じだろうと想像する。何故そんなにわくわくするのかといえば、宇宙の始まりについて考えることは、自分について考えることになるからだ。「なんでわたしは生まれてきたんだろう?」という問いは、中学二年生に限らず誰だってもつものだけれども、その問題を遡って行くと容易に宇宙まで辿り着く。

 まったくのゼロからアップルパイを作りたければ、まずは宇宙を作らなければならない──カール・セーガン

 わたしが生まれてきたのは、父親と母親がいたからだ。じゃあ父親と母親がいたのはなぜかといえば、父親と母親がいたからだ。そもそもなぜ人間が生まれたのかと言えば、ダーウィンの進化論的に言えば猿から何かがあって人間へと変化したのだ。なぜ猿が生まれたのかと言えば、猿が生まれる環境が地球にあったからだ。なぜそんな環境があったのか? そもそも地球はなぜあるのか? 地球があるより前に宇宙があったはずだ。じゃあ、宇宙はなぜあるのか? その問いは人間にとって最も深い部分にあって、同時に最もシンプルだ。宇宙の成り立ちなんて知らなくたって、もちろん生きていける。そんなもの、まったく知らない人の方が多いぐらいだ。でもやっぱりなぜかわたしは「なんでわたしは生まれてきたのだろう? 何のために生きているんだろう?」と考えてしまうし、そうすると最終的には宇宙の始まりに辿り着いてしまうのだ。そういうものなのだ。本書はその問いに、現時点での最有力の答えを与えてくれるのと同時に、最大級の謎も出してくれる。そこから先を考えるのは、この本を読んでいる誰かかもしれない。『ビッグバンが起こって、宇宙はできた。それはわかった。でもビッグバン以前はどうなっていたの?』

宇宙創成〈上〉 (新潮文庫)

宇宙創成〈上〉 (新潮文庫)

宇宙創成〈下〉 (新潮文庫)

宇宙創成〈下〉 (新潮文庫)