基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

第9地区

 いやー良かったです。個人的に現時点では、2010年度のナンバーワンの作品。突き抜けた面白さがあるというよりかは、一つ一つの要素を非常に丁寧に作り込んでいくことによって生まれる、完成度の高い作品でした。第一に、たとえばプロット。ぽんぽんとテンポよく進み、予想が付かない。「もうこれで終わりだろう」というところからさらにひとひねり加えてきて、そこからがさらに面白い。特にその点は良かったと思います。「あーもう終わりか〜」という気分になった後で、実はまだまだ終わって無かったし本番はこれからだぜぇぇ――!! となると、得をした気分になって、満足するのです。第二に、たとえばカメラワーク。これについては素人なのでうまく語れませんけれども、本作は主人公であるヴィカスの数奇な運命を中心に、エイリアン問題を描く演出の「ドキュメンタリー番組」としての演出がそのまま入ってきます。その為ハンディカメラで撮ったような雑な映像が入ったり、「映像向けの演出」がしきりに加えられたりと、一種の作中作の構造も取り入れられたりしていて、凄く良かった。

あらすじ

 そして、最後にストーリーの基盤、構造が素晴らしい。 1982年に、突然南アフリカに宇宙人の載った巨大宇宙船がやってくる。宇宙人達はどうすることもできずに地球にいて、もちろん地球人だってどうすることもできない。地球人は、仕方ないので巨大宇宙船の下に宇宙人の居住区を提供し、そこは第9地区と呼ばれるようになった──そこから20年後、真面目であまり才能にも恵まれない、いわゆる「普通」の人、ヴィカスは、近隣住民の不満が積もり積もってエイリアンを別の場所へ移住させるための「署名捺印」を集めることになった──。

 というのが主なあらすじなのですが、まずスタートがいいですよね。エイリアンというのは今までもたくさん映画で描かれてきましたが、何故かいつも来た瞬間から人間との抗争に突入するのです。いきなり抗争に突入出来るのも、地球人の側に何か秘策があったり、科学力がずっと進歩しているように設定されているからで、このお話のように何の科学力も、準備もしていない1982年に来られても困るぜっていう話ですよ。宇宙人も困ってるし、地球人も困ってるし、まったくどうしようもないです。そのどうしようもない感じで、20年もずるずるずるずる過ごしてしまうっていう、それだけでもう面白いですよね。なんか定期的に「別れよう」とかいいながら何だかんだ言って別れられないカップルみたいで。

どうしようもなさ

 地球に突然やってきた、見目麗しいとはとてもいえないエイリアンと、私は仲良くやって行けるだろうかと考えながら観ていた。しかし何しろ相手は、ちょっとどうかと思うぐらい気持ち悪い宇宙人なのだ。とてもじゃないけど握手はできそうにないし、子犬ぐらいの大きさだったらまだしも自分より大きいし、だから力も強いし、なんかわけのわからない強力な武器も持っている。そして知能が弱い。卵は気持ち悪い。仲良くできるか? と言われても、正直なところしたくない。最終的に「私だったらこの気持ち悪いエビを強烈に差別するだろう」と思いながら観ることになった。

 そんなことを考えながらこの作品のテーマは何か、と考えた時に、真っ先に思い浮かんだのは「まあエビみたいなやつがいたら差別しちゃうよね」という「どうしようもなさ」みたいなものだ。作中の演出としてもそう受け取るように仕向けられていたように感じる。たとえば主人公であるヴィカスは、エイリアンに対してありとあらゆる差別的行為を行うけれど、彼は一貫して人間的な弱い部分も強い部分も持ち合わせている、普通の人として描かれる。差別を行っているのは、いたって普通の人間なのだ。たぶんそこである程度感想が分岐するのだと思われる。普通の人間に差別をさせることによって、「ああ、私も差別してはだめだ」と思う人と、「ああ、基本的には相手が気持ち悪いと感じてしまう以上、差別してしまうものなのだ」思う人と。どちらとも受け取れるのと、終盤の展開でなんかうやむやになってしまうのでそこがいやらしかった。

 エイリアンが地球に来て、なし崩し的に二十年間も渋々とお互いに共存生活を続けなければいけなかったのと同じように、どうしようもないことというものは、存在するのだ。そしてどうしようもないからこそ、そのことを否定することはできない。私達に出来ることは、自分達が やってしまった/やらないという選択肢は与えられなかった ことについて、しっかりと認識し、その後始末、尻拭いをし続けるだけではないのか。そういったなんとも奇妙な、ハッピーエンドでもバッドエンドでもない、「そういうことがあった」という事実のみを与えられたような感覚がある。状況に翻弄されて、自分のしてきた数々のダメな行為、アホな行為への反省、苦悩、そういったものをヴィカスが感じるのを見て、それは私自身の悩みでもある、と共感する。そのおかげか、最後の場面で私は随分と興奮した。いやー、あそこだけはテーマの意味づけとかどうでもよくて、純粋にかっこよかったね。アレはなんだろうな。「今まで色々語ってきたけど、まあこまけぇこたぁいいんだよ!」というような、爽快感を感じた。

 コツコツと面白さを積み上げていく、優等生のような作品であったにも関わらず今書いたような、どこか不可解な部分を残す、良い映画でした。