基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

0円と1円の間にある大きな心理的障壁

さて、まだ100ページしか読んでいないのですが、とても面白いです。その中でも特に面白かったのが、「無料」と「1円」の間にある、心理的障壁の大きさのお話。この「心理的障壁」について、ペンシルヴェニア大学ウォートン校のカーティク・ホサナガー教授は「価格がゼロにおける需要は、価格が非常に低いときの需要の倍以上になります」と言いました。たとえば価格が1円という非常に低いものだとしても、やはり需要は極端に下がるのだといいます。なぜそんなに強い影響が出てしまうのだろうか、というのがここでの疑問です。

その答えとは、『値段がつくことで私達は選択を迫られるから』──だとか。私達は値段がついている物に出会うたびに、「それだけの価値があるものなのか?」と考えてしまうのです。この現象に対して、ジョージ・ワシントン大学で経済学を教えるニック・サボは「心理的取引コスト」という名前をつけました。それが何かというと、『人間は生来、怠け者なので、できるだけ物事を考えたくない。だから、私たちは考えずにすむものを選びやすいのだ。』簡単に言えばそういうことになります。いくらであっても料金を請求することによって、心理的障壁が生まれて、多くの人はその障壁をわざわざ乗り越えようとは考えません。もうひとつおまけに人が無料の物を「圧倒的に」好む理由に対して、アリエリーという人はこう説明しています。

 それは、人間が失うことを本質的に恐れるからではないかと思う。無料! のほんとうの魅力は、恐れと結びついている。無料! のものを選べば、目に見えて何かを失うという心配はない(なにしろ無料なのだ)。ところが、無料でないものを選ぶと、まずい選択をしたかもしれないという危険性がどうしても残る。だから、どちらにするかと言われれば、無料の方を選ぶ。

だから、無料の品の方が1円の値段がついているものよりも圧倒的に広まりやすいのだと言えます。アメリカで発刊されていた新聞『ヴィレッジ・ヴォイス』は十三万部だった発行部数が、無料化してからは二十五万部、約二倍の人が読むようになったそうです。ただし無料化によって悪い影響も出ることがあります。タダで手に入れた物は所詮タダで手に入れたものなので、雑に扱う傾向があるのです。やりすぎ、とりすぎ、無意味な消費、などなど。アニメやドラマも、批判する人がほかの媒体よりも圧倒的に多く見えるのはそれが無料で誰でも見ることが出来るからでしょうね。批判するぐらいだったら見なければいいのだけど、タダなのでわざわざ見て批判してしまう。なので「無駄を減らす」為に少量の課金を施すことは、ある意味では正しい行いでもあるのです。その結果受け取る人は少なくなるかもしれないけれど、その分責任ある行動をとる人は増える。

クリエイターの人などは、このあたりが悩みどころだろうな、と想像するのです。恐らく小説家や漫画家、多くのクリエイターの方々は「多くの人に見てもらいたい」と思っていると思うのですが、「無意味な消費」をされたいと思っている訳ではないはずなんですよね。自分の書いた漫画が読んだ後でポイっとゴミ箱に捨てられているのを見るのは、あまり気持ちが良いものではないでしょう。これから先はそういうことが起こり得る世界になる、ということでもあります。そう言う時はある程度の課金を貸すことによって、批判をする為だけに読む読者のような、マナーの悪い人々が少なくなるので、なかなか難しい話だな、と思いました。なんか中途半端なのはあんまりにも眠くてうまく考えられないからなので明日あたりに追記しているかもしれません……。

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