基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

センス・オブ・ワンダーを感じた──マネー・ボール

 メジャーリーグの球団アスレチックスの年棒トータルはヤンキースの3分の1でしかないのに、成績はほぼ同等。この不思議な現象はゼネラルマネージャーのビリー・ビーンの革命的な考え方のせいだ。その魅力的な考え方はなんにでも応用できる。マイケル・ルイスにはこの本で、その考え方を、切れ味のいい文体で、伝記を書くように書いた。ここには選手たちがたどる数々の人生の感動と、人が生きていく為の勇気が溢れている。──裏表紙より

 id:daen0_0さんからオススメ&お借りした本。この「マネー・ボール」は別にSFではないが、私はこの本からセンスオブワンダーを感じた。たぶんdaenさんも、そういうところを気に入ったんじゃないかなーと思っている。世間的にセンスオブワンダーがどういう意味を持っているのかよく知らないが、私はそれを「世界に対する視点を変えてしまう」、あるいは「世界に対するあらたな視点を付け加える」ものだと思っている

たとえば私がグレッグ・イーガンから受けたセンス・オブ・ワンダーとは、「人間性というのはぐちゃぐちゃに変化させてしまっても、別にいいのだ」という、発想の転換だった。脳に電極をつけて、スイッチを押したら幸福になるというシンプルなものでも、幸福になれるのだったらそれでいいじゃないか。あるいは小松左京の傑作『果てしなき流れの果てに』では、タイムトラベル物としては(たぶん)画期的だった「歴史を変えて、なぜいけない?」という名言が飛び出す。「あ、そうか、タイムトラベルが出来るんだったら、別に歴史って変えてもいいのか」とびっくりした記憶がある。

このマネー・ボールは、野球に対する今までの見方を一変させてしまう内容を持っている。つまりそこが発想の転換、センス・オブ・ワンダーだ。金を集めて、体格がよく、打率がよく、セーブ率が高い選手を集めることが野球において勝利にたどり着く最短のルートだという「常識」をまったく違う方向から打ち破っていく。主人公のビリー・ビーンは「野球には違う見方があるのだ」といって、それを実際に実現させて、成功していく。野球は打率でもなく、セーブ率でもなく、はたまた球の速度でもないのだということが端的に明らかにされる。

ビリー・ビーンが行うのは選手をより実践的に数値化し、評価し、他球団が評価していない埋もれた選手を発掘することだ。そしてその過程で、シビアな株取引を思わせる、選手を物としてしか扱わないやり方が多く出てくる。たとえばこの選手は今過大評価されているから値が高い。だから今のうちに売り払ってしまおう、というように。選手の人間性などどこ吹く風で、あくまでも物件として扱い続ける。

しかし同時にこの本の著者はビリー・ビーンに無視される「人間の中身」にこそ焦点を当てる。選手一人ひとりの人生にスポットを当て、さらには対極的には経営者のビリー・ビーンにスポットを当てる。ビリー・ビーンの方法論によって初めてまともな評価を得た選手が喜ぶ様であったり、シビアで選手を物としてしか扱わないビリー・ビーンが実に人間味あふれる、不安や恐怖に突き動かされる人物だったりして、そのちぐはぐさが凄く面白かった。

マネー・ボール (RHブックス・プラス)

マネー・ボール (RHブックス・プラス)