基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

小説家という職業/森博嗣

読了。今までに存在しなかった作家論。その主張が、ことごとく前例にないものというところが特徴だし、そもそもこれを書いている森博嗣自身が、「小説を書くことが特別に好きではない」と公言してしまっている。「別に書くことが好きではない人間が書く書き方論」が本書である。恐らく巷で出版されている書き方の本は、「書くこと、もしくは本が好きで好きで仕方がない人たち」が書いているのだろうと思います。たとえば編集者であっても、誰もが厳しい就職活動を勝ち残って言ったのは「本が好きだから」なのでしょう。しかし「好きだから」こそ「本質が見えなくなる」のだ、というのが本書の主張の一つでもあるのです。

具体例を一つ上げます。森博嗣が小説家としてデビューした当時、編集者たちの間では「分厚いものが売れる」という神話が出回っていたそうです。しかし森博嗣が周りの人間に読ませてみると、難しいだとか分厚い、文字数が多いなどの批判があった。森博嗣自身も、本が好きではないので「出来る限り短い物の方が良い」と思ったとか。編集者たちは、筋がね入りの本好き達なので分厚い本を苦も無く読めるでしょうが、その代わりに「本を読まない人達の気持ち」がわからなかったのです。堀江貴文さんはラーメン評論家を評して「毎日ラーメン食って満足できる舌が俺の舌と同じ訳ないから信じない」といっていましたが、同じようなことでしょう。「毎日本が読めるような人間が勧める本が、毎日読まない人にとって楽しめるとは限らない」

なので本書の結論を一行で書くとこうなる。

もしあなたが小説家になりたかったら、小説など読むな。(P4)

小説を書くという創作行為に、「こうすればいい」などという方法論は存在しないといっていい。そんな方法があるならば、誰もが今頃面白く創造的な小説を書けているでしょう。しかしそこであえて答えを出すならば、「小説など読むな」になるという。人の小説を読むことは、創作には少なからずマイナスになるという。「人の小説を研究することは重要だ、そう色んな本に書いてある」との主張に対しては、森博嗣はこう答える。「人の作品を研究したことで生まれる作品など、たかが知れている(P11)」創作において重要なのは、「誰かが踏んだ場所をもう一度踏みなすこと」ではなく、「誰も踏んでいないところを踏むこと」なのだ。

さて、以上を踏まえて「どうすれば小説家になれるのか?」に対する子当てを導き出すと、こうなる。「とにかく、書くこと、これに尽きる。(P12)」もし本当に小説家になりたいのならば、こんな本を読んでいる暇もなくすぐに書き始めるべきだ。そして出来るだけ「売れるもの」を書けといっている。そうしなければ作家とは成り立たないからでもあり、「作家とはビジネスなのだ」という、この本のテーマであり革新的な主張でもある。そういう意味では、本書は多くの小説家志望の人達にとっては毒のようにキツイものになっているかもしれない。

たとえば、小説家志望の人間には大きくわけて2パターンいるという。「お金が儲けたい人」と「広く認められて人気者、愛される人になりたい人」だ。後者の方が割合数が多い。そして多くの小説家志望の人達は、自分が憧れているから素敵だと思い、自分が愛しているから愛されるべきだと考える。それが間違いなのだという。「愛されることが目的ならば、今すぐ作品を無料で配布すればいい(P6)」 当然だ、人気者になりたいだけならば、わざわざお金を取る必要はない。お金を取るということはつまり、作家というのはビジネスなのだ。

作家という仕事は、つまり仕事である以上、労働、苦労の上に見合った報酬を得る行為である。それがビジネスというものであり、みんなの憧れの的で理想的な生活が送れるなんてことはありえない。「自分は楽しく小説を書き続けたい」という人には、本書は読むだけ無駄であり同人誌でも作っているほうが似合う。本書にはだから「ビジネスとして作家が生き残っていく方法」について書かれている。方法としては、「新しい物を書く」ことだ。そしてその為には、人間を観察したり、ネットを活用したり、批判を受け入れたり、自分の目でみて、自分の頭で考えること、それこそが「創作の独創性」であり「たった一人で作り上げる小説と言うジャンルの奇跡的な部分」なのだ。

 小説家への道は、ただただ書くこと、それ以外にない。それが楽しいとか、苦しいとか、そんな問題ではない。小説で何がいいたいのかも、どう書けばよいのかも、どうだって良い。なんでもありだし、どうやっても良いから、とにかく書く。書くことで何が得られるのか、など二の次だ。得られることもあれば、失う事もある。(中略)
 書いた文章は、少しずつ集まって、きっとなにものかを築くだろう。幸運ならば、自分以外の人に、自分の一部が伝わるかもしれない。そして、それらはいつまでも残る。書いた人間よりも未来まで残る可能性を持っている。それだけで、充分ではないか。(P192)

ここまでずっと「小説家になるということは、ビジネスをやるということだ」という厳格な考え方を提示してきた森博嗣が、最後に書いたことが「ビジネスなんかどうでもいいじゃないか、書けば残るというだけでも充分だ」と言ってのけたのが、なんだかとても印象深い。ビジネスで書くというのはつまり、縛られることでもあるからだ。しかしまあ結論を述べるなら、趣味で書くにせよ「ビジネスマンとしての小説家」として書くにせよ、とにかく、書くこと。それが秘訣だ。

小説家という職業 (集英社新書)

小説家という職業 (集英社新書)