つい最近、というかこの前の四月の話。駅にて、二つの女子高生軍団が久しぶりに再会したであろうシチュエーションに遭遇した。その場で女子高生軍団はお互いがお互いに気が付くと即座に、ほぼ同時にキャーキャーと奇声を発しながら抱き合って、久しぶりー! と言い合っていた。その時僕は、「ひょっとしたら相手は嫌がっているのかもしれないのに、よく躊躇もせずに奇声を発することが出来るな」と不思議に思った。
考えてもみて欲しい。僕が観たところその二つの集団が奇声を発するのはほぼ同時であった。もし片方が、「そこまで嬉しくないなぁ……」と思っていたとしたら、片方だけが奇声を発することになって、とても恥ずかしいことになる。奇声を発してキャーキャー言っても彼女達が大丈夫なのは、同じように奇声を発してくれる仲間がいるからであって、自分だけで奇声を発したら恥ずかしいに違いがないのだ。
しかし高校生集団は、まったく躊躇せずに奇声を同時に発することが出来た。……と言う事は、その前になんらかの合意があったことは確かである。その合意とはいったい何なのか? どの時点でその合意は行われているのか? その答えが本書で解き明かしていく「ミラーニューロン」にある。
ミラーニューロンの仕組みを簡単に説明しよう。たとえば、僕達が笑ったり、怒ったり、コップを持ったり、といった動作をする時には「脳の中のある部分の細胞」が活性化する。これはわりと理解しやすい話であろう。しかし僕たちは「他人が笑ったり」「他人が怒ったり」「他人が物をつかんだり」した時にも、自分の中のまったく同じ部位の細胞が、活性化しているのだという。
つまり、ミラーニューロンとはその名の通り、相手が取っている行動を自分の脳の中に鏡として写し取るニューロンのことだ。相手が泣いていると自分まで泣きたくなってきたり、相手が怒っていると自分までイライラしてきたり、相手が楽しそうに笑っているとこっちまで嬉しい気がしてくるのは、全てミラーニューロンのおかげだと今では考えられている。そして、その写し取る行為は意識もしないほどの一瞬で行われる。
先の例で言えば、女子高生達は、相手の表情をほんの一瞬みただけで、相手もとても喜んでいることを理解し、だからこそほとんど同時に奇声を発することができたのであるし、僕達が相手に共感し、コミュニケーションを行い、日々を精神的に安全に過ごすことが出来るのである。考えてみればわかるのだが、相手の意図が一瞬で把握できないのならば、もし相手が包丁でも手に取った時に、それが自分を刺す為に手に取ったのか、はたまた果物を切る為に手に取ったのかわからないはずである。そんな状況下で、心穏やかに過ごせるはずがない。
そこで、なぜそんな機能が人間についているのかといえば、まあこれは社会を築き上げるためだ、といえるだろう。極論だけど、ミラーニューロンがあるから僕たちは心穏やかに相手を部屋に招きいれられるのである。また驚くべきことに、このミラーニューロンは文字にまで反応を呼び起こすという。
たとえば「渇」「飢」という文字を無意識化に刷り込まれ続けると、刷りこまれなかった場合に比べて喉の渇きを訴える傾向が多くなるという。しかし考えてみればそれも当然の話だろうと思う。文字で「Aはリンゴを手に取った」と書いてあれば、誰だってその状況を大小はあれど頭に思い浮かべるだろうから。
また、ブランド効果というものがある。非常にシンプルにまとめてしまえば、二種類の飲料水、コークとペプシを、ブランド名を明かさずに飲んでもらう場合と、明かして飲んでもらう場合の、味の比較テストである。結果は、ブランド名を隠した場合はペプシが勝利し、ブランド名を明かした場合はコークが勝った。
つまり僕たちは、「決して自分一人で考えている訳ではない」ということが言えるだろう。なぜなら日々の判断、自分の感情、自分の考え、そのどれもに、ミラーニューロン、たとえ言葉を交わさなくても、子供は親の行動を模倣するし、ふと目にした文字や文化の影響を強く受けながら生活しているからだ。
ミラーニューロンは明らかに「人間の自主性」に疑問を投げかけている。僕たちは自分に自由意思があると信じてしまう傾向があるけれども、しかしその自由意思の中には無視できないほどの社会的影響があるし、社会がなかったら自分も存在しないのである。それはコインの裏表のような関係なのだ。
これはまだ比較的新しい発見であって、「だから、これをどう使うか?」という部分はまだまだこれからといったところ。たとえば、この共感能力をうまく研究して使いこなせば、世の中から「暴力」をなくすことができるかもしれない。あるいは個人個人がばらばらの現代において、個人個人を結びつける架け橋になるかもしれない。
そういう「可能性」が見いだせる分野としても、非常に面白いお話だなと思いました。
ミラーニューロンの発見―「物まね細胞」が明かす驚きの脳科学 (ハヤカワ新書juice)
- 作者: マルコイアコボーニ,Marco Iacoboni,塩原通緒
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2009/05
- メディア: 単行本
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